カラ・アザール撲滅の経験はデング熱の抑制に生かせる
2024年02月22日付 Prothom Alo紙


バングラデシュはカラ・アザールを根絶した世界初の国として世界保健機関(WHO)から認定されました。200年近く続くこの病気を撲滅したと認められたことは、バングラデシュの医療システムの重大な成果であると公衆衛生の専門家らは考えています。保健省の疾病管理部門の元局長ベ・ナジール・アハマド教授は、バングラデシュのカラ・アザール撲滅のプロセスに密接に関わってきました。プロトム・アロ紙は教授にインタビューし、その経験について聞きました。聞き手はパルト・シャンカル・シャハです。


質問:カラ・アザールを撲滅した世界初の国として世界保健機関(WHO)に認められたことをどう思いますか?

ベ・ナジール・アハマド:これはバングラデシュの公衆衛生の成功に大きな評価が与えられたということであり、世界の公衆衛生の分野でカラ・アザールを撲滅した最初の国という歴史を、決して消えることのない歴史を打ち立てたということです。しかしこのような認定よりさらに大きいのは、国内の100以上の郡がカラ・アザールの脅威から解放されたことです。数知れぬ人々の命を奪い、村の貧しい人たちにとっては為す術もなくただ死を待つしかなかったこの恐ろしい疾病から逃れられたことは大きな救いです。ただ、これで終わったわけではありません。根絶したことで公衆衛生の観点からは成功と言えます(郡レベルでカラ・アザール患者は1万人に1人未満)が、私たちは最後のカラ・アザール感染を阻止し、カラ・アザールのないバングラデシュ実現のために尽力しなければなりません。この疫病の再発を防ぐためには長期間にわたって監視を続ける必要があります。


質問:カラ・アザールについて詳しく教えてください。この病気はいつごろからあるのでしょうか、またどのように発生し、何を媒介として蔓延するのでしょうか?

ベ・ナジール・アハマド:カラ・アザールはベクター媒介性の寄生虫病です。寄生されたサシチョウバエによって広がります。カラ・アザールに罹患した人がこの病気の原因となります。カラ・アザールは人の造血器を攻撃して貧血を引き起こし、免疫力を抑制することで他の感染症のリスクを高めます。この状態で治療しなければ、死亡のリスクはほぼ100%です。カラ・アザール患者は、長引く発熱、脾臓と肝臓の肥大、貧血、体重減少に悩まされます。

どの年齢でもこの疾病に罹りますが、特に小児で多くなっています。カラ・アザールがいつ頃から存在したかを明言するのは困難で、何世代にもわたって知られています。しかし約200年前、ジェソール地方におけるカラ・アザールの大流行では2万8千人もの命が失われたという記録が残っています。ガンジス川やブラフマプトラ川流域のバングラデシュ、インド、ネパールにまたがる広大な地域でこの疫病が蔓延しました。世界のカラ・アザール感染の80%を、この南アジアの3国とブラジルとアフリカのひとつの国が占めていた時期がありました。

質問:現在、世界におけるカラ・アザールの状況はどうですか。この病気はどこで感染が見られますか?

ベ・ナジール・アハマド:現在年間で7万人ほどの人がカラ・アザールに感染しています。その中でブラジル、インド、そして東アフリカのいくつかの国で数多くの人がこの病気にかかっています。バングラデシュはこの5つの国の中で撲滅活動において最も成功をおさめました。しかし、ネパールとインドも著しい進歩を達成しています。私はインドのカラ・アザールプログラム評価のために設けられた第三者チームに国際専門家として参加した中で、インドがあげた成果を見ました。

インドでも近い将来、カラ・アザール根絶の目標が達成されるでしょう。ネパールは気候変動による打撃を受けて、平野部では成功していても、山岳高地地域ではカラ・アザールが新たに発生しています。全体としては、南アジアのカラ・アザール撲滅プログラムは成功に向かっています。しかし、東アフリカの国々のカラ・アザールの状況は、かつてのバングラデシュのように悲惨なものです。この国々のためのカラ・アザールの地域的な戦略策定のために、私は幸運にもケニアの首都ナイロビへ行く機会を得て、問題の広がりと多面性を実見しました。

質問:カラ・アザールを媒介するサシチョウバエはどこで繁殖しますか。この病気は人から人に感染しますか。

ベ・ナジール・アハマド:サシチョウバエは湿った土の中や土の家の隙間で繁殖したり、潜んでいたりします。この虫は空中を飛ぶことはできませんが、飛び跳ねてカラ・アザールの感染を広げます。メスのサシチョウバエは感染者の血を吸うことでカラ・アザール原虫を取り込み、自らの体内で少し変化させた後、健康な人にこの病気をうつします。人から人に直接感染することはありません。

質問:バングラデシュにおけるカラ・アザールの流行の歴史はどのようなものですか?また、どの地域で流行が見られましたか?

ベ・ナジール・アハマド:カラ・アザールは何百年もの間恐れられてきました。プドマ河とブラフマプトラ河流域の北部から南部にかけて人の住む地域でこの病気は猛威を振るいました。1960年代には、マラリアを抑えるために殺虫剤DDTが国内の広範囲で使われたことの副産物として、カラ・アザールの流行が大幅に収まりました。(1971年の)バングラデシュの独立戦争中とそれ以降、DDTの使用が中断されるとカラ・アザールは再び流行し、45県の125郡に広がった時期もありました。

一時期、この病気はシラジガンジ、パブナ、ラジシャヒ、チャパイナワブガンジ、パンチャガル、タクルガオン、ディナジプル、ランプル、クルナ、クシュティア、バリサル、ボラ、ダッカ、マイメイシン、タンガイル、ジャマプルなどの県で極めて多く発見され始めました。その後2012年にはマイメンシン県の5つの郡(フルバリア、トリシャル、バルカ、ガファルガオン、ムクタガチャ)、ジャマプル県のマダルガンジ郡、タンガイル県のナガルプル、クルナ県のテハルダ郡、これら8つの郡がカラ・アザールの最大流行地域と認定されました。その時にはさらに15の郡を中程度の流行郡、77の郡を低度の流行郡として、合計100郡でカラ・アザールの撲滅プログラムが実施されました。

質問:この疫病の撲滅で政府機関の活動はどのようなものでしたか?ご自身の経験を踏まえてお話しください。

ベ・ナジール・アハマド:2005年にバングラデシュ、インド、ネパール間の覚書が署名されたのをきっかけに、バングラデシュではカラ・アザール撲滅運を目指した組織的プログラムが加速しました。私はその時からカラ・アザール撲滅プログラムに直接関わり、今も携わり続けています。また我が国のカラ・アザールプログラムへの貢献とは別に、私は地域的あるいは世界的な取り組みにも深く関わっています。そうした立場から、私はこの国のカラ・アザール撲滅プログラムのさまざまな側面を知っています。カラ・アザール戦略の基本は、迅速な患者の発見と包括的治療、媒介生物の制御、疾病と媒介生物の監視、研究と啓発キャンペーンと啓蒙活動でした。

質問:カラ・アザール撲滅のためにフィールドレベルではどのようなことが実行されましたか。

ベ・ナジール・アハマド:以前はカラ・アザールを特定する機関は、政府の疫学疾病管理研究所(IEDCR)だけでしたが、後に100の郡でRDTキットを用いたカラ・アザールの検出が始まりました。50年以上にわたり、カラ・アザールはスチボグルコン酸ナトリウムという唯一の薬で治療されてきたのですが、私たちは2006年からカラ・アザールのための経口薬であるミルトフォシンの研究を開始しています。2008年には、国のカラ・アザールのガイドラインで第一選択薬とされて、この薬による大規模な治療を開始しました。この研究に続き、さらなる研究を通じてリポソームアンホテリシンB、パロモマイシン及びそれらの薬の様々な組み合わせがカラ・アザールの治療に採用されるようになりました。

7年を経て私が疾病管理局局長に任命された後、2012年にはベクターコントロールのために屋内での殺虫剤散布が始まりました。裁判所による殺虫剤使用禁止令が取り消された後に、村落部で大勢の殺虫剤散布人が雇用されました。国を挙げて様々な取り組みが行われた結果、カラ・アザールは急速に減少していきました。かつては年間8000人から1万人が感染していたのですが、減り続けて今は年間100人台になっています。各郡が続々と撲滅目標を達成しています。もう1つの転換点となったのが、カラ・アザールの治療にリポソームアンホテリシンBという薬の単回投与が導入されたことでした。これは、カラ・アザール撲滅に非常に効果的で、大きな役割を果たしました。このように、カラ・アザールの研究は、効果的な薬を選ぶ上で重要な役割を担っています。医学の研究がまだ不足しているのは確かですが、私たち多くの科学者は20年間にわたり数多くの研究をしてきました。それらはカラ・アザールの研究にとって、無上の価値があると考えられています。

質問:長期にわたり人々を巻き込む形で絶え間なく試行錯誤をしたことでカラ・アザールを制御できるようになったと多くの人は考えています。この他になにか役立ったことはありますか?

ベ・ナジール・アハマド:カラ・アザール撲滅のためにはキャンペーンと啓蒙活動、患者の発見、それにサシチョウバエ対策が効果的であることが証明されました。カラ・アザールの撲滅プログラムは基本的に公的資金で進められました。20年の長きにわたって、継続的に対策を行ったことで成功を収めることができたのです。世界で初めてバングラデシュがカラ・アザール撲滅という目標を達成したわけです。このためにいくつか重要なポイントがありました。組織的プログラム、国家を挙げての戦略と行動計画の策定、部門別プログラムへの長期的資金提供、世界保健機関による継続的支援、研究成果に基づいた効果的な治療薬や殺虫剤の使用、周知キャンペーン、有能なリーダーシップ、監督・監視、多面的対策などです。

質問:しかし、カラ・アザールと同じような感染症であるデング熱を抑制できないのはどうしてでしょうか?

ベ・ナジール・アハマド:デング熱のコントロールのための国家戦略と行動計画がないこと、技術面の軽視、効果的なベクターコントロールの不足、リーダーシップの欠如、長期計画と資金配分の不足…。これらすべてが欠けていますので、デング熱はコントロールされるはずもありません。そしてこの20年間、感染は広がるばかりです。患者数と死者数は際限なく増えており、地理的にも首都のダッカから、現在は全国にまで広がっています。

質問:デング熱の抑圧のために、カラ・アザールを制御した経験を活かすことはできないでしょうか?そのためには何をする必要がありますか?

ベ・ナジール・アハマド:デング熱の制御のために、カラ・アザールの根絶とマラリア制御の経験をうまく生かすことができます。ちなみにこの2つの疫病もベクター媒介性で、村落部のアクセスの悪い丘陵地域にまで広がりました。デング熱の制御には、優れたリーダーシップが必要です。地方自治体ではそれはできません。保健省のリーダーシップが欠かせません。国家的なデング熱予防と抑制戦略と行動計画の策定、国の技術委員会を機能させること、長期的な視点で資金を配分すること、昆虫学者の育成を行うこと、大規模なキャンペーンを行って国民参加を拡大することなどが肝心です。

質問:カラ・アザールについて、私たちは成功を収めました。しかしこれで終わりではありません。この成功した状況を維持しなければなりません。そのためにはどのような取り組みが考えられますか?

ベ・ナジール・アハマド:保健分野において、バングラデシュは多くの成果をあげることができました。天然痘、ハンセン病、ポリオ、新生児破傷風、フィラリア、そしてカラ・アザールの根絶と撲滅が次々と達成されています。これらの疾病の主な犠牲者は、基本的に農村部の無視されてきた人々です。ハンセン病の時は、「撲滅が終わったように見えて実は終わっていない」という状況でした。ハンセン病の排除という目的を達成したのにも関わらず、その後の監視体制の脆弱さのために根絶に至っていないのです。カラ・アザールの再流行を防ぐために、長期間厳重な監視を続けなければなりません。

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(翻訳者:福手・蓮沼・森・田中・藤原・中村・谷岡・加藤・西)
(記事ID:1151)