パムク、帰国後に友人と会食 (Yeni Safak紙)
2006年12月18日付 Yeni Safak 紙
ノーベル文学賞受賞作家、オルハン・パムク氏はイスタンブルに戻るや否やジャーナリストや作家仲間と会食をした。ベイオール地区のイスティクラル通りにあるジャンバズ・レストランで行われた会食には数多くのジャーナリスト、作家らが参加した。会食の60人程の招待客リストをオルハン・パムクは自分で作成した。
イレティシム出版社が主催した会食には、ムスタファ・カラアリオール、アリ・バイラムオール、キュルシャト・ブミン、トゥリン・ブミン、ムラト・ベルゲ、ジェンギズとトゥバ・チャンダル夫妻、オスマン・カヴァラ、ムスタファ・エルドアン、オメル・ラチネル、イフサン・オクタイ・アナル、ドアン・フズラン、オラルとイペク・チャルシュラル夫妻、ペリハン・マーデン、アフメト・ハカン・ジョシクン、デルヤ・サザク、ハサン・ジェマル、エトイェン・マフチュプヤン、アリ・ネスィン、ムフスィン・クズルカヤ、ラグプ・パシャオール、アフメト・インセル、オルハン・ゲンジェバイとセヴィム・エムレ夫妻らを含め60人が出席した。
招待客の大部分はジャーナリストと作家で、会食ではオルハン・ゲンジェバイとセヴィム・エムレ夫妻の興奮した面持ちが注目を集めた。パムク氏はテーブルを一つ一つまわって、気に入った招待客の幾人かと自分のカメラで記念撮影していた。
■ノーベルのエピソード
この間、新聞記者のヤヴズ・バイラルとハサン・ジェマルが長々と燕尾服談義をおこなったこの夜の最も面白かった話はといえば、文学、物理学、化学、経済学、そして医学分野において授与されるノーベル賞がなぜ数学分野には授与されないのかであった。
賞の創設者として知られるアルフレッド・ノーベルの妻が、著名な発明者である彼を当時の著名な数学者のうちの一人、イェスタ・ミッタグ・レフラーと共に裏切ったためにノーベル賞は数学分野には授与されないのだとの話は、しばし大笑いを誘った。食事の後、夜遅くにはアリ・バイラムオールやチェンギズとトゥバ・チャンダル夫妻、ラグプ・パシャオール、オメル・ラチネル、アフメト・インセルらは連れ立ってラーレ・イシュケムベジスィ(羊の胃袋を使ったスープ屋)に行き、イシュケムベ・チョルバス(同スープ)を味わった。
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( 翻訳者:及川治香 )
( 記事ID:4162 )