【社会部 マルヤム・ホラサンド】『自尊心あるイラン人は外国商品を買うな』が元米国大使館の壁に書かれたスローガンの中で一番長いものだった。昨日、労働者の集団が「労働者の家」の呼びかけでターレガーニー通り、〈アーバーン月13日*〉博物館向かいに集合し、スローガンを叫びながら労働大臣を批判した。ちょうどその頃、市営バス会社の労働者からなる別の集団が、自分たちの暮らし向きが良くならないことを不服とし、市営バス会社の前に集合した。〔*注:アーバーン月13日は西暦で11月4日のこと。1979年11月4日に起きたアメリカ大使館占拠事件の日を指す。〕
市営バス会社の別の労働者グループはあらかじめ組んでいたプログラムに従い、各地のバスターミナルで街頭の人々にカードとチョコレートを配りながら、この日がメーデーであることを人々に告げた。このことは、一般の人々の方がお菓子を配りながら労働者にメーデーのお祝いを述べたフランスとは事情が違っていた。
他の諸国のメーデーの祭典が続く中、テヘランではすでに12時になると、別の労働者のパレードに続いて、市役所のオレンジ装束の労働者が、ターレガーニー通りと両脇の沿道水路に落ちていたゴミやらプラカード、ポスター、スローガンの紙やらを回収していった。昼の12時、治安維持軍の隊員とそのオートバイ隊が一斉に、ターレガーニー通りで行われていた集会を終わらせたのである。こうしてメーデーが終わったわけだが、そこで叫ばれた演説とスローガンのほとんどは、「労働者の家」という組織に支持を表明するものに限られていた。
昨日の式典ではジャフロミー労相は、決して忘れられた存在ではなかった。労働者たちは労相の辞任を要求していたからである。おりしもその前日、労相辞任の噂が広まる中、国会の鉱工業委員会委員長が、労働者の賃金が前年比53%アップしたことで工業部門が多大なダメージを被り、それに続いて今年ファルヴァルディーン月〔2006年4月〕には7000人の労働者が解雇されるにいたった点を挙げた上で、「このことを受け、労相は国会の関係委員会に召喚され、この賃金アップを修正するのに必要な説明を受けていた」と述べたところであった。
(労働者の賃金アップと、それとの関連で生じた別の労働者の解雇という)この二重性は、一方で労働者解雇計画、他方で鉱工業労働者の未払い賃金額の累増問題が、暫く前から、言ってみれば労働者の賃金アップの前から継続して存在してきたという状況の中で、見過ごされている。
こうしたことや、労働者の家計をめぐる根本的な問題があるにもかかわらず、昨日の式典の演説者たちは演説のなかで主に、「労働者の家」に浴びせられた諸々の非難に対する組織の擁護に走っていた。アリーレザー・マフジューブ「労働者の家」総書記は演説の中で、「『労働者の家』という組織を様々な理由で攻撃する人々がいるが、そのような人々は我々がひとつの連合体であり、自らの職務のために最後まで努力を続けてきたということを理解すべきだ」と述べた。
イラン雇用者協会高等委員会委員長も昨日、来年からは大小を問わず経済活動拠点ごとにメーデーの式典が自然発生的に開催されるよう、期待を表明した。モハンマド・アッタールディヤーン同会長はオルディーベヘシュト月11日〔5月1日〕を〈人的資源の尊厳と権利を尊重する日〉としたうえで、「労働者たちの人間的尊厳は、人権や諸々の国際的な憲章の原則、国内法などの形をとって、自由を求めるすべての人々に認められているものである」と述べた。
同氏は、来年は労働者と雇用者から選ばれた自由な同業者組織が、政府からの正式な参加も得て、業界と国民の利益の確保を目指して結果を出せるようになることが望ましいと表明したうえで、「労働者と雇用者の双方が対話の意義を享受している以上、来年は〈労働者週間・模範的労働者感謝式〉が、製造業においても別途盛大に開催されることを期待している」と述べた。
日曜日のメーデーの締めくくりに、各々許可を受けて活動に従事している労働者の同業組合協会主催の会議が、バフマン文化会館で開かれる予定であったが、はっきりしない理由で開かれなかったことを断っておかねばならない。また、市営バス会社の一部の労働者は司法権の支援と、テヘラン市役所のフォローによって、自らの職場に戻ることとなったが、他方で解雇された同社の別の労働者らは今後の方向性に不安を抱えたままの状態にあり、彼らの代表がこの問題の解決に向けて、交渉と話し合いに臨んでいる。
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( 翻訳者:吉村 かすみ )
( 記事ID:2344 )