死後80年、ケマレッディン・ベイの記念墓碑建立
2007年07月14日付 Yeni Safak 紙

建築家ケマレッディン・ベイはアクサー・モスクの修復をはじめとして、その時代に多くの重要な業績を残した有名なトルコ人建築家であるが、ベヤズト・モスクの中庭にある彼の墓が、没後80年目に記念墓碑となった。
ケマレッディン・ベイは、ムスリムにとって最初のキブラ(註:礼拝する際の方向)であったエルサレムにあるアクサー・モスクを1915年~1925年の間修復し、修復後、国際的な会合で大きな名声を得て、王立英国建築家協会の賞を受賞した。
ケマレッディン・ベイの記念墓碑で行われた記念式典には、イスタンブル工科大学教員アフィフェ・バトゥル氏とワクフ総局のユスフ・ベヤズット局長、建築家協会の副会長でありボアズィチ大学のギュンハン・ダヌシュマン教授が参加した。

■彼にふさわしい記念墓碑
ワクフ総局のユスフ・ベヤズット局長は、1927年にアンカラで亡くなったケマレッディン・ベイの亡骸は、彼の妻の意向によってカラジャ・アフメト共同墓地に埋葬されたが、そこに道路が通ったことにより墓がなくなってしまったと述べた。ベヤズットは「長期にわたる調査の結果、墓は墓碑銘がないままベヤズト・モスク墓地に移されたことがわかりました。没後80年目に私たちは非常に独創的な記念墓碑を作りました。私たちの考えでは彼は歴史においてそれなりの位置づけがなされるべきです。遅ればせながら彼をないがしろにしてきたことに、ようやく終止符を打つことができ、ほろ苦い満足感を感じています。この墓碑の建造はこれほど遅れるべきではありませんでした。」と話した。

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( 翻訳者:釘田遼香 )
( 記事ID:11395 )