イラクのキリスト教徒、レバノンでの避難生活
2007年08月03日付 al-Sabah al-Jadid 紙
■ イラクのキリスト教徒、帰り道のない亡命へ
2007年08月03日付サバーフ・ジャディード紙(イラク)HP1面
【ベイルート:各国通信社】
最終的な帰国をあきらめた数千のイラクのキリスト教徒が、国境を密かに通り抜けレバノンに避難し、生活のために違法な形で労働に従事している。
例えば、三人の娘を持つ父、ダリール・ヌーリー・スレイマーンは言う。「私達は平和に暮らしていました。少なくとも尊厳を維持するに相応しい暮らしでした。」現在彼は、ベイルート郊外のクリスチャン地区、ジュディデの床屋の上階にある貧相な部屋に家族と暮らしている。塗装、装飾関係で働き、僅かな収入を得ながら、いつか家族で欧州か合衆国へ旅することを希望している。正確な名を明かさなかった母、ルブナーは、2004年の1月、家族でイラクを逃れ、北部クルディスタンからシリアへ抜け、そこから川を下る舟でレバノンへ辿り着いた経緯を語った。「夜の闇に紛れて2時間、時々囁き合う以外は黙って歩き続けました。レバノン国境警備隊が私達の頭上に発砲して、とても恐ろしい思いをしました。」このカルディア派の家族は、警官をしていたルブナーの兄弟が、アル=カーイダと関りのある武装グループによって殺害された後、避難する決意をし、この旅のために1200ドルを支払った。
また、ビルの守衛をしているマスウードは言う。「私達は、尊厳を持って暮らせる国へ行きたいと思っています。」彼の家族は、地下の小さな部屋に住んでいる。一隅にはスポンジのマットレスが積み上げられ、壁には聖母マリアの絵がかかっている。イラクから避難してきた多くのキリスト教徒同様、彼の家族も日曜には教会へ行きミサに参列する。「ここでは安全に暮らせますが、私達は尊厳を失ってしまった。」
イラクのキリスト教徒の多数はカルディア派であり、約80万、イラク人口の3%と見積もられている。(サッダーム)前政権の副首相、ターリク・アジーズを除けば、カルディア派の人々に顕著な政治的野心は見られず、政治体制への脅威とみなされたことはなかった。しかし現在は、武装した過激派並びに犯罪組織が、彼らを一くくりに欧米の「十字軍」とみなし、拉致や殺害の標的にする。教会が爆破されたり家を差し押さえられたりして、彼らの半数が既に亡命したが、その流れはまだ続いている。
レバノンのカルディア派の長老の1人、67歳のジョージ・サムアーンは、(避難民達について)次のように言う。「イラクにはもう教会もないし、彼らが帰国することはないだろう。イラクのキリスト教徒に未来はない。彼らがここに定住する手助けをしたいと思っていますが、私達も豊かなわけではなく具体的な手段がありません。」
キリスト教慈善団体、特にカトリック系のものが、子供たちの教育は保証している。男性は一般的に低賃金の二級の仕事、女性は家事手伝いなどに従事している。レバノンのカルディア派の15-30%はイラク避難民である。
レバノンUNHCRスポークスマンのローラ・シドラーウィーは、「キリスト教徒も、スンニー派やシーア派と同じで、レバノンの宗教的多様性に惹かれてやって来る」とみなしている。ベイルートのUNHCR事務所には、毎日20人が避難民としてのステイタスを得るため登録に来る。しかし、かつて数十万のパレスチナ人を受入れたレバノンは、新たな来訪者の受け入れをためらっている。
夕刻、ベイルート郊外のキリスト教徒地区に住む避難民達も、慎ましい彼らの住まいを出て、地元の隣人達と交流する。バグダードから来たという12歳のサムラトは嬉しそうに言った。「お父さんがスウェーデンに行けるパスポートをもらったんだ、いい国だって聞いたよ。」
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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:11564 )