大統領選が決着をみせようとするなか、チャンカヤで「引継ぎの式典」が行われることが明らかとなった。チャンカヤへと上った10人の大統領のうち、トゥルガト・オザルとアフメト・ネジュデト・セゼルのみが式典によって(大統領職を)引き継いだ。
第2代大統領イスメト・イノニュは、アタテュルクの死後チャンカヤの大統領府へ上った。
イノニュは大統領職を1950年に、トルコ初の文民大統領であるジェラル・バヤルヘ引き渡した。しかしこの引継ぎは、式典なしで行われた。
■ ギュルセルは病に倒れた
10年間大統領の地位にあったバヤルは、クーデターにより大統領府から追われた。第4代大統領ジェマル・ギュルセルは7年間の就任期間を満たすことなく病気に倒れた。議会はジェヴデト・スナイを第5代大統領に選んだ。しかしその時も健康上の理由で式典が行なわれなかった。ジェヴデト・スナイが第6代大統領ファフリ・コルテュルクに大統領職を引き渡すときもまた、式典は行われなかった。コルテュルクの任期が終わりに近づいたころ、新しい大統領を選ぶ前に1980年9月12日のクーデターが起こった。第7代大統領ケナン・エヴレンは、1989年に大統領職をトゥルグト・オザルに引き渡した。エヴレンとオザルの間でたった1度式典が行われた。オザルは共和国史上、式典により大統領職を引き継いだ最初の大統領となった。しかし1993年4月17日に亡くなったため、後任者への式典は行うことができなかった。
■ セゼルに立派な式典
第9代大統領スレイマン・デミレルは、第10代大統領セゼルに、各国代表をはじめとして大勢の人々が臨席する式典をもって、大統領職を引き渡した。この式典はトルコでは初めてのことであった。セゼルは、トルコ大国民議会(TBMM)で誓いを立て、アタテュルク廟へ行った後、大統領府へと上った。妻と共に大統領府秘書官により迎えられたセゼルは、国旗と儀仗隊に敬礼をしたのち、大統領府正面玄関でデミレルと妻ナズミイェ・デミレルにより迎えられた。デミレルとセゼルは妻たちとある部屋で別れ、執務室へと移動し、23分間会見した後、歴代大統領らが「共和国の日(10月29日)」を祝うレセプションを行った大きな応接室へと移動した。
大統領邸の交響楽団は独立行進曲を演奏した。約1500人の招待客がいる応接間に拍手と共に迎え入れられたデミレルとセゼルは、演奏が終わり、経歴が読み上げられた後、次から次へと壇上へと上がり演説を行った。式典会場の出口のところでセゼル夫妻はデミレル夫妻を軍隊式儀礼とともに見送った。セゼル夫妻はその後、レセプションサロンへと戻り、招待客からのお祝いの言葉を受けた。招待客の中には、第7代大統領ケナン・エヴレン、北キプロス・トルコ共和国の前大統領ラウフ・デンクタシュ、高等裁判所長官ら、首相と閣僚メンバー、参謀総長と軍司令官ら、大学の学長ら、宗務庁長官とその他の宗教的指導者ら、業界諸団体の会長ら、そして芸術家らがいた。
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( 翻訳者:釘田遼香 )
( 記事ID:11741 )