ジュムフリエト紙主筆イルハン・セルチュク、夜半に保釈―エルゲネコン捜査
2008年03月23日付 Hurriyet 紙
(21日)金曜日の午前4時30分に、自宅で捕らえられたイルハン・セルチュク氏(83)は、40時間の拘束うち4時間尋問された。疲労し消耗したセルチュク氏は、弁護士を通して支持者たちにメッセージを送り、「3月12日よりも厳しくされた」と述べた。イルハン・セルチュク記者は明け方釈放された。
エルゲネコンの組織の一員であるとして金曜日の4時30分に捕まり、40時間拘束されたイルハン・セルチュク氏は、約4時間半尋問された後、明け方に釈放された。セルチュク氏に渡航禁止命令が出された。セルチュク氏は裁判所に送られず、検事局の尋問の後釈放された。日中に弁護士を通してメッセージを送り、「3月12日よりも厳しくされた」と述べていた。
ジュムフリエト紙のシュクラン・ソネル記者は、弁護士のメッセージをシシュリの新聞社前に集まり事件に抗議していた群集に伝え、「イルハン兄さんが弁護士たちを通して私たちに送った特別なメッセージがある。『私は3月12日よりも厳しい状況にいる』と言っている。私はここであなたたちを見ている。あなたたちも厳しい状況にいる。この厳しさの中で世俗主義を、共和国をそしてアタテュルクの革命を守り続ける。私たちの戦いに祝福を」と述べた。ソネル記者は、新聞記者たちがイルハン・セルチュク氏の健康状態を尋ねたのに対し、「彼は自身の健康を気にかけていない。3月12日よりも健康だが勿論健康上の問題はある」と答えた。
セルチュク氏は、昨日(22日)夜20時頃に健康状態のチェックのため法医学機関に送られた。拘束された後メディア関係者が初めて撮影したイルハン・セルチュク氏は、疲労し憔悴しているのが確認された。健康チェックの後、セルチュク氏は、ドーウ・ペリンチェキ(労働者党党首)のボディガードのユスフ・ベシェリキ氏とユスフ・トゥンジェル氏、運転手のアイクト・トカク氏とアイドゥン・ゲンギン氏とマーヒル・チャヤン・ギョンギュル氏とともに、20時55分にベシクタシュにある共和国検事長局に送られた。警官は、セルチュク氏と他の容疑者を検事局の建物に裁判官と検事が使う扉から入れた。アクン・アタライ弁護士は、拘束されてから27時間(経過して)尋問が始められたセルチュク氏が小用と休憩を除いて約4時間尋問されたと述べた。アタライ弁護士はセルチュク氏の健康状態が良いことを明らかにし、肉体的・精神的な疲れを除いて特別な状況はないと述べた。
■ ズィヴェルベイの日々を思い出した
警官が、イルハン・セルチュク氏の住所を、キュルテュル地区長を起こして知ったことが明らかにされた。セルチュク氏は警官と冗談を言い合い、「こういうところにこのように連れて来られると、ジヴェルベイ別館での尋問の日々を思い出した」と述べ、その本を書いたことを思い出させると、警官は「読みました」と答えた。セルチュク氏は、職員の教育が高まったようだと述べた。フェネルバフチェのサポーターであるセルチュクは、尋問を待つ間フェネルが優勝すると述べた。
■ セルチュク氏に渡航禁止命令
「エルゲネコン調査」の一環で拘束され、検察局により釈放されたジュムフリイェト紙社主のイルハン・セルチュク氏について、国外に出ることが禁じられた。
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( 翻訳者:永山明子 )
( 記事ID:13416 )