コラム:忘れられたイラク解放記念日
2008年04月09日付 al-Quds al-Arabi 紙
忘れられたイラク解放記念日
2008年04月09日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP1面
【アブドゥルバーリー・アトワーン(本紙編集長)】
今日4月9日は何百万人ものイラク人が、バグダードやモースル、バスラ、ヒッラ、アンバールなどの通りや広場に繰り出し、晴れ着を着て旗や色とりどりの風船を手に、米・英軍によるイラクの解放と、民主主義、経済の繁栄、人権尊重、平等と政治参加の原則に基づく人種と宗派の共存モデルとしての新生イラク共和国樹立から5周年を祝う光景が見られるはずであった。しかし祝典が行われた形跡はなく、見られるのは追悼式に葬列、通りや川に放置された死体であり、病院は負傷者であふれ、遺族は通りで行方不明になった息子達を探している。
我々は信じていた。〔フセイン元大統領の〕銅像が倒されたバグダード中心部にあるフィルドゥース広場が、今日再び大祝典の舞台となり、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領とその友人トニー・ブレアを筆頭にアラブや西洋の指導者たち、中でも湾岸諸国の国王や首長、ヨルダン国王、オーストラリアやスカンジナビア諸国、フランス、ドイツの指導者ら、何らかの形でイラク解放戦争に貢献した国々の代表者たちが列席し、鼓笛の演奏や、荘厳な閲兵式、国立舞踊団、色とりどりの服を着た何万もの児童たちが祝典を飾り、カラフルで多彩な花火が打ち上げられるであろうと。これが、富においても治安においても湾岸の小国家に対抗できる国にイラクがなる日であるとブッシュ大統領とその同盟国がイラク国民に約束したような、イラクの歴史の中で最も輝かしい日なのだろうか?
これらの解放の英雄の多くが、イラク国民の汗の結晶や孤児や未亡人や殉教者の財産から何十億ドルもをほしいままに盗み、ロンドンあるいはヨーロッパの新たな亡命地へと帰っていった。それでもなお彼らを信じ、彼らに望みを賭け続けている純朴な人びとがいる。
白や黒のターバンを巻き、あるいは派手な色のネクタイをしめて満面の笑顔をたたえていた、あのブレマーが任命した統治評議会のメンバーたちがどうなったのか今や誰も知らない。彼らは今日という解放記念日を毎年祝うに値する国民の祝日にする承認を与えた偽証の張本人だ。
5年前の今日、TVカメラのレンズは我々に、アアザミーヤ広場でサッダーム・フセイン故大統領が息子クサイイを伴い、部下達の小さな輪に囲まれて小型トラックの背に乗る映像を伝えた。緑の軍服を着て背筋を伸ばし、支持者達に手を振り、敵を挑発することでフセインは、怖気づいて逃げ出したりせず、イラク国民の只中に留まっているところを見せつけ、イラクの歴史上もっとも崇高なる抵抗運動の開始を宣言したのだ。その抵抗はアメリカとその計画を敗北させ、アメリカに過去最大の人的・物的・精神的損害をもたらし、史上最大の帝国アメリカの崩壊の始まりとなりかねない戦争へと引きずり込むことに成功した。
彼の死んだ今になって言えることだが、アラブ首長国連邦のザーイド・ブン・スルターン・アール・ナハヤーン元大統領が開戦の数日前に伝えてきたという有名な提案を通じて救いのロープを投げたとき、サッダーム大統領は対決を避け、安全で快適な亡命地に逃げることもできた。しかし、自身と息子たちの命をその統一と尊厳のために捧げた愛するイラクの地を去るよりも、絞首台のロープを彼は選んだのだ。
約1年前、私はイギリスの独立系テレビ局ITVの討論番組に出演した。番組が始まる前、ニュースを読む準備をしていた司会者の若い男性が私に、フセイン像が倒れた瞬間と、その時に生中継でゲスト出演していた私が発したコメントを一生忘れないだろうと言った。それは「アメリカはこの犯罪行為に対して高い代償を払うことになるだろう。そしてイラク国民は将来、強く後悔するだろう」というコメントだった。
私はこのコメントをよく憶えているが、この若い司会者のことは覚えていない。私は何億ものアラブ人やイスラーム教徒と同様、ショックと驚きの状態にあったのだ。バグダード陥落は容易に過ぎていくような単純な出来事ではなかった。人類初の発明の数々を誇る8000年以上の長きにわたった文明遺産の証人であるバグダードはこの世に一つしか存在しない。バグダードの聖域を侵したアメリカ軍兵士たちの姿を思い起こすたびに、私は無念と痛みを覚える。
アメリカは本当に高い代償を払うはめになった。この戦争によってアメリカは破産に瀕し、専門家によるとその損失は5兆ドル以上と推定されている。どんなに兵士を戦場に送ったとしても、勝ち目のない戦争だ。兵士が増えるたびに死傷者も増え、これまでに4000人が死亡し、3万人が負傷している。
〔戦争の〕結果を目にしたイラク国民はショック状態から目覚め、多くが強い後悔を感じるようになったに違いない。イラク国民の富900億ドルを盗み、海外に逃げた今でもイラク人の苦難を商売の種にしている一握りの泥棒たちを除いては、圧政の日々を懐かしんでいることだろう。150万人以上のイラク人が、新しく作られた集団墓所に埋葬され、500万人が離散し、治安は崩壊し、国民の半数は清潔な水や電気の供給がなく、職もなければ、まっとうな暮らしを保つための食べ物にすら事欠いている。
スンナ派はスンナ派を殺し、シーア派はシーア派を殺し、アメリカ人は誰でも殺す。宗派間の殺し合いは、宗派主義というものを知らず、あったとしても極めて限定的であったイラクという国の中に同じ宗教、同じ民族を隔てる嫌悪と憎しみの厚い壁を作り出した。拘束されているサッダームの同志54人のうち、36人がシーア派で、37人目がキリスト教徒のターリク・アズィーズであることを見ただけでも〔イラクに宗派主義がほとんどなかったことが〕わかる。
ブッシュ政権は現在、対イランの新たな戦争準備をしているが、おそらくそれはより危険なものになるだろう。イラクとその一帯を銀の皿に盛ったご馳走よろしくイランに差し出し、イランが自国の軍事力および核開発能力を増強するのを助け、イスラーム過激主義をエスカレートさせ、アメリカ合衆国の政治的・道義的な地位を犠牲にして世界中で最も嫌悪される対象にしてしまった今になって、イラク戦での損失を〔イランとの戦争によって〕取り戻そうとしているのだ。
アメリカはイラクで勝利できず、アフガニスタンでも敗北しつつある。イランやシリア、そしてレバノンやパレスチナにおける両国の同盟者たちに対して行われる新たな戦争が、より良い結果をもたらさないことは確かだ。
イラクを解放したと自慢している幾人かのクウェイト人の見解を聞いてみたいものだ。彼らが長引かせたあの経済封鎖の時よりも今が安全になったと言えるのかどうか。彼らは内部からと外部からの二つの危険に晒されるようになったのではないのか。地域の戦略的な均衡が崩れ、その重心がイラン寄りに傾いている現状において、宗派間の分裂が彼らの生活を地獄に変えるやもしれないのだ。
また湾岸諸国の指導者やマスコミの専門家たちにも聞いてみたいものだ。彼らは先頭に立って占領を煽り、旧政権の打倒を煽り、宗派主義者たちに金をばら撒き、マスコミを利用させた。そうしてイラクを人種と宗派と地理とによって分断する試みをカモフラージュした。しかし今や湾岸連中、とりわけサウジ人にとって状況は反転し、彼らの宗派主義が暴きだされ、イラン叩きとシーア派の脅威の最大の喧伝者となって、シーア派に対抗するためならイスラエルと手を組むことすら辞さないというのだ。
サッダーム・フセインは間違いを犯した。しかし、イラクを今のような悲惨な状況に追い込んだこうした連中の戦略的な誤りの前では、彼の間違いなどいかにも小さく見える。誰もがその役割や関与の度合いに従って責任を負うことになる。清算とあらゆる事件の検証、公正な法廷での全員の裁きが必要だ。戦争によって命を落とした全てのイラク人が公正な扱いを受け、遺族は賠償を得るべきであり、血で手を汚した者、貧しい労働者の汗の結晶を盗んだ者は全て罰せられねばならない。
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( 翻訳者:梶田知子 )
( 記事ID:13610 )