【文化芸術部:アーラシュ・シャファーイー】通信各社は昨日(4月11日)、タジキスタンのアブドルジャバール・ラフマーノフ教育相の「タジク語は今後もキリル文字表記のままである。アラビア文字を採用する方向は考えていない」との発言を報じた。
ノーボスチ通信が伝えたところによると、同相は次のように付け加えた。「イランはタジキスタンの学校に、アラビア文字学習用の本を送る予定である。その本で生徒たちに《アラビア語》(!)を習得してもらおうというものだ」。この発言は、ペルシア語圏にある同国のエマームアリー・ラフマーン(エマムアリ・ラフモン)大統領が、いくらか前に示した態度の繰り返しである。この時大統領は、タジキスタンは10年先までアラビア文字を採用することはないだろうと述べていた。
タジク政府が、ソ連支配下にあったタジキスタン共和国当局による歴史的な過ちに固執する理由は、明らかではない。というのも、ペルシア文字をラテン文字、それからキリル文字へと替えたことで、かのペルシア語の地に住む人々に危険な文化的断絶が引き起こされたからである。実際、人々は数十年にわたり、祖先から受け継いできた文献遺産から疎外されてしまったのである。
タジキスタンの独立後、〈ペルシア文字〉を習得することで、自らの歴史的アイデンティティーを再獲得しようとする願望が、タジキスタンの人々の間で顕著になった。しかしタジキスタン政府は、ここ数年、この歴史的な要求に対し抵抗を続けている。
今年のノウルーズに、イラン、アフガニスタン、タジキスタンのペルシア語圏三カ国の政府高官が、一層の意思統一を図ることを目的として、
ドゥシャンベで一堂に会した。ここで行われた会談は、世界のペルシア語諸国の連合のもっとも重要な指標であるところの、より一層の文化的統合の実現へ向けて、期待を喚起するものであった。
タジキスタン政府の最近の発言は、いくら政治的会合や交流を積み重ねても、歴史的・文化的意識による裏づけや三カ国の文化人・識者らのしっかりとした見解を伴わない限り、実を結ばないということを示している。
イラン・アフガニスタン両当局は、明瞭かつ論理的に、イランとアフガニスタンで普及しているのは、他ならぬ〈ペルシア語〉および〈ペルシア文字〉なのであり、この文字はペルシア語話者の国民アイデンティティーにとって切り離すことのできないものだということを、タジク側に理解させる必要がある。
一ペルシア語国の教育相がペルシア文字で書かれた本の出版・流通を、アラビア語の普及のためなどと捉えている(!)のは、何ら驚くべきことではない。このような発言を、近年イラン人の国民アイデンティティーに打撃を与えるために始まった悪意ある企ての延長とみなしてはいけない理由など、果たしてあるだろうか?
「ペルシア湾」に対して偽りの名称がまかり通り、見かけ上学術的なものとされる一部の国際的機関がこの動きに追従していることは〔※〕、このような悪意の一環と考えられる。もちろん、このような動きに対しては、イラン側の責任ある立場にいる人々が論理的な回答を行い、また世界中のイラン人たちからも適切なタイミングで反応が示されてはいる。
〔訳注:「ペルシア湾」はアラビア語圏を中心に「アラビア湾」と呼ばれ、これに対してイラン側が反発を示していることを指す。近年ナショナルジオグラフィック協会が世界地図で両方の名称を併記し、これに対してイランが猛反発している〕
ここ数年の間、
ルーダキー、イブン・シーナー、
モウラーナー、ファーラービー、アブル=ハサン・ハラガーニーなどの、そのアイデンティティーに疑いの余地のない多くのイラン人学者・文化人たちが、アラブ人やトルコ人、他の非イラン人として紹介されている例が散見されるが、文化関係者の一部の不作為がこの問題の悪化に影響してきたのは間違いない。
今日、ペルシア文字に対する攻撃は、イラン人、ひいてはペルシア文字を使いペルシア語を話す全ての人々のアイデンティティーを脅かす計画の、新たな一部となっている。もし我が国の文化関係者やコンピュータ技術者らが、ウィンドウズOS上でアラビア文字の下位区分に属するものとしてペルシア文字が位置づけられていることに対して抗議し、ペルシア文字は独立したアイデンティティーを持つものだと明言していれば、今日ペルシア語国の指導者の口からペルシア語を攻撃するような発言を聞くようなことは起こらなかっただろう。
〔後略〕
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( 翻訳者:米沢佳奈 )
( 記事ID:13630 )