作家ラティーフェ・テキンの与党批判発言で大きな騒ぎ
2008年06月29日付 Milliyet 紙

カラビュクで行った講演で、政府のエネルギー政策を批判したために(与党の)公正発展党(AKP)所属の市長によって演壇から下ろされた作家テキンは、「これはひとつの惨事である」と述べた。

カラビュクでのパネルで公正発展党(AKP)を批判してステージから下ろされた作家ラティーフェ・テキンは、公正発展党が作家に関して異なる見解をもっていると主張し、この出来事の際に(1993年に)スィヴァスで37人の知識人が焼かれて殺された「マドゥマク(・ホテル)事件」を思い浮かべたと話した。

テキン氏は一昨日(27日)、カラビュク文化芸術と工芸フェスティバルの催し物として準備されていた「都市化、産業と文学」というテーマの会議に参加した。会議でエネルギー政策を「稚拙」と発言すると、公正発展党所属のヒュセイン・エレル市長は、「降りろ、私の金で私を批判できはしない」と反発した。テキン氏は、身に起こったことを以下のように説明した。

「発言において、思ったことを口にした。この間、テーマがエネルギー政策と政府となった。私も『この諸政策は国民のためにならない。負担を強いることになる。(この国には豊富な)陽光があり、原子力発電所を建設せねばならないのでしょうか。この稚拙なエネルギー政策は明白に国民に重い負担を強い、公正発展党のエネルギー政策を、私は稚拙と思っている』と述べ、あのことが生じました。

 この発言の後、市長は私に『話しの冒頭から我慢してきた。黙れ、芸術家なら政治に口出しするな、ここで。私の金で私に批判的なことを口にはできない』と大声を挙げ始めた。その後で、『降りろ、黙れ、私の金でここに来たんだぞ』といって続けた。『降りないわ。黙らせもできない。警察を呼びなさい、(そうやって)降ろしなさい、(自負をもった)この国の作家だし、カラビュクの人びとと話すために来たんですから』と述べた。数分、議論がこのように続きました。そのため、市長は演壇に向かって歩み始めました。思うに、警察の監視カメラがあり、手で合図を送って、映像とマイクロフォンを切らせました。その後、きびすを返して『さあ、話せ』と言いまいた。苦笑しながら、立ち上がり、その場を立ち去りました。」

■国民は私に拍手を送った

テキン氏は、国民の中には自身に拍手し、「思想の自由があり、発言なさい」と述べる人もいるとし、「暴力を受けるのを怖がっているのか」との問いに、「沈黙させられ私が受けた暴力は、武器を用いられたり、首を絞められるのと同じことなのです」と返答した。

テキン氏は以下のように続けた。「私の世代はさんざんひどい扱いを受けてきた、吊るされてきた、魂のような世代である。真の小説家とは何か、作家、芸術家とはどんな人なのか?こうした人々は良心に何を帯びているのか?(あの市長には)これに関わる気持ち、知識はまったく存在しない。これを感じて憤った。市長なら、これらを知る必要がある。自分たちに反対する考えを表明した全員をつぶそうとしている。これは、ひとつの惨事である。暴力が高まっているのは、このためで、こうしたことを彼らが高めているのである。暴力の代わりに誠実さで打開できてきた。さもなければ、私は、当然のことで声を上げることができないのか?この出来事を重く受け止めた。」

DHA通信社などと会見したテキ氏ンは、「マドゥマク事件を思い出しました。あの会場には、他の作家らもいました。緊迫が生じ得ました。私はそれに気付いたためにあの場所から立ち上がり、カラビュクを離れました。私に声援をくれたオヌル・ジャイマズは脅迫されました。『風力と太陽光をなぜ利用しないのか?』というと、私に声援をくれたようです。背後からある人物が、「首をへし折ってやる」と述べました。ええ、本当にそれを実感しました。あそこで、人間をいかに焼いたのか。あの会場で、そのことを実感したのです」と述べた。

■市長からの非難

エレル市長は、テキン氏を昨日も大統領、首相と政府と彼自身を侮辱し挑発したとして、非難した。「最近彼女は本を出版したそうだ。本の販売と関連して、私たちに対して、このようなことをおこなった可能性がある」とし、フェスティバルのテーマは明白であるが、党の会議におけるように、政治的批判が行われたと訴えた。

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( 翻訳者:岸田圭司 )
( 記事ID:14180 )