「恐怖の帝王」、日本の刑務所で服役中:釈放後はエヴィーン刑務所へ
2008年10月11日付 Iran 紙


「恐怖の帝王」として知られる麻薬密売組織の指導者の身柄引き渡しに向けた努力が、テヘランの司法当局者らによって開始された。この人物は数年前、〔テヘランでの〕裁判を抜け出して日本に逃亡し、同地で逮捕されて、刑務所に収監されていた。

 本紙記者の報告によれば、マフムード(45歳)は数々の犯罪行為や脅し、恐喝、暴力行為をともなった窃盗、傷害などを日本で数年間にわたり繰り返した結果、〔日本の〕警察の追求を受けて、1380年〔西暦2001/2年〕にイランに逃亡、テヘラン・メフラーバード空港で警察関係者に身元が割れ、逮捕された。約40人の告訴人から訴えられた同容疑者をめぐる事件は、空港特別裁判所旧第1610法廷において、ジャアフル・サーベリー・ザファルガンディー判事を裁判長(当時)として審理が行われ、告訴人らは2回にわたる公判の中で、自身の訴えを弁論した。

 兄弟(告訴人)の代理人として弁論したモルタザー氏は、裁判官に向かってこう述べた。「私の兄〔あるいは弟〕のビージャンは数年前から、日本の名古屋という街で仕事をしています。ビージャンは同市のレストランに行ったある日、突然組織のメンバーにより誘拐され、街の外に連れて行かれました。《恐怖の帝王》は私の兄を殴った後、ナイフで激しく切りつけ、負傷させました。兄は身の危険を感じ、結局1億4千万トマーン〔約1400万円〕の預金を容疑者であるこの悪党に支払いました」。

 また別の告訴人は、裁判官に次のように語った。「2000年のある日、シグヤ〔渋谷の誤りか?〕の街で買い物をしていたときに、マフムードが暴力団組織のメンバー数人とともにやってきました。彼は商店にいたイラン人を一瞥し、その後私の方へやってきて、所持金をすべて渡すよう、私を脅迫しました。最初彼の言うことを無視しましたが、数分後、彼がナイフを手に私のほうに迫ってきて、力ずくで所持していた70万円を奪っていきました」。

 さらに別の告訴人は、裁判官に次のように訴えた。「私は数年間、新宿で仕事をしていて、収入をイランに住む家族のために送金していました。ある日、預金3,500ドル〔約35万円〕を家族に送金しようとしていたとき、彼の仲間たちが私の家に押し入り、私を激しく殴打した上で、全財産を盗んでいきました」。

 財産を奪い取られた40人の被害者らは告訴状を提出して、《恐怖の帝王》とその共犯者たちが各被害者から力ずくで、それぞれ2万ドル~14万ドルを略奪したと訴えた。第2回目の公判が終わった後、裁判官は被告人に対し、5億トマーン〔約5000万円〕で保釈する司法命令を出した。

 被告人は数日後、保釈金を支払って釈放された。しかし、3度目の公判が始まる前に、被告人は心臓病を理由にテヘランのとある病院に入院、そのため同被告は公判に出廷できず、裁判は被告人の弁護士が出廷することで開廷された。被告人が病院から逃亡し、メフラーバード空港を使ってドバイに高飛びしたとの情報が裁判官に伝えられたのは、この公判の最中のことであった。

 被告人はドバイから日本に逃亡し、同地で犯罪活動を再開させることに成功した。

 その2年後、男はついに麻薬の引渡しのためにレストランに行った際、日本の警察に見つかり、逮捕された。警察は290本のカセットテープに隠されていた2キログラム以上のハシシ〔大麻の一種〕を被告人から押収した。日本の裁判所は、この悪党に対して懲役11年の判決を下した。彼は現在も、日本の刑務所で服役中である。

〔中略〕

 他方、テヘラン司法当局は外務省と国際警察(インターポール)を通じて、日本の司法当局と連絡をとり、逃亡犯の身柄引渡しを要請している。日本の法律に従えば、日本での刑期が終わり次第、日本の司法当局はイランの司法当局に彼の身柄を引き渡すことになっている。《恐怖の帝王》は日本での刑期を終えた後、テヘランのエヴィーン刑務所に移されることになるだろう。

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( 翻訳者:水谷陣也 )
( 記事ID:15031 )