アンタリヤのケメル区長の最初の仕事―裸体の銅像を撤去
2009年04月02日付 Hurriyet 紙

アンタリヤ市のケメル区で、ハサン・シェケル前区長は彫刻家のザフェル・サル氏に男性が全裸女性の腰をつかみ持ち上げている姿をかたどった像を制作させた。だが、 民族主義者行動党(MHP)党員のムスタファ・ギュル新区長はその像を昨日撤去させた。彼は、「観光客と市民はこの像を認めなかったため、その要望に応えて撤去しました」と述べた。

■MHP党員の新区長、愛の像を撤去

ケメル市のムスタファ・ギュル新市長(MHP党員)の最初の仕事は、2004年にCHPから選出され、その後AKPに移籍したハサン・シェケル前区長が制作させた「愛の像」を撤去させることだった。その像は彫刻家のザフェル・サルが制作し、2007年に市の中心の交差点に置かれていたが、ケメル区職員の手によって土台からクレーンで吊り上げられ、市の科学調査部関連の倉庫にしまわれた。像が撤去されるのを傍観していた群衆の中には像の撤去を支持する者もいれば、抗議する者もいた。ロシア人観光客のボリス・ストラトフ氏は、「1994年から休暇をケメルで過ごしている。ここにはトルコ文化を反映する像が必要だ。このような像はケメルにそぐわない」と話した。また、ユスフ・サイダム氏という男性は像の撤去対し、「これは芸術作品に対する冒涜だ。いったいどうして像を撤去などするのでしょう」と述べた。

像の制作者のザフェル・サル氏は著作権法違反で検事局に申し立てるつもりだと話した。更に、ザフェル氏は、ムスタファ・ギュル新区長が自身と話してからでも撤去作業を実行できたはずだと述べ、「私にとってこれは第2のメリフ・ギョクチェキ事件です。彼が撤去させた像は11年後にアンカラで元の場所に戻されました。これによく似た事例だと言えます。もう何と言っていいか分かりません」と話した。

ケメル区のMHP党員のムスタファ・ギュル新区長は、像が置かれた当日にも反発したことに触れ、「ケメルの地元民と休暇をここで過ごす観光客は像の撤去を望んでいました。観光客と市民はこの像を受け入れなかったのです。我々はその要望に応えました。像のあった場所には、観光の役に立つ、何かをつくりましょう」と 述べた。

■カドゥキョイ区、像を望む

カドゥキョイのセラミ・オズチュルク区長は、「愛の雨」像をカドゥキョイが貰い受けたいと話した。

オズチュルク区長は書面による発表で、アンタリヤのケメル区ムスタファ・ギュル新首長が「愛の雨」を撤去するのをメディアを通して知り、次のように述べた。

「そこには一人の芸術家の解釈と努力がある。芸術作品や像は様々な人々に様々なことを連想させる。もしくは異なった認識を生みうる。そもそも芸術作品の特徴はこれである。様々な解釈を生み、様々に感じさせるものである。いかなる芸術にもこのように制限や邪魔を加えるべきではない。芸術と芸術家は自由であるべきだ。 我々は常に芸術と芸術家に敬意を抱いている。このため、検閲、禁止が望まれたこの像を我々カドゥキョイは欲しているのです。」

セラミ・オズチュルク市長は像をカドゥキョイに移動させるためにケメル区と彫刻家のザフェル・サル氏と連絡をとりあっていくと述べた。

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( 翻訳者:百合野愛 )
( 記事ID:16119 )