コラム:「アラブ文化の首都エルサレム」を巡って
2009年04月05日付 al-Hayat 紙

■ エルサレムと歴史「嫌悪症」

2009年04月05日付アル・ハヤート紙(イギリス)HPコラム面

【ユースフ・ダムラ(本紙)】

敵シオニストにとっては、子供の投石、原始的なカッサーム・ロケット弾、そして詩歌や物語の間に差異はない。ある一つのこと、つまりパレスチナのアイデンティティを主張し、守り、育まれてきたアラブ的文脈の中に自らを置こうとする限り、それらはシオニストにとって同じものなのだ。

占領軍は、偉大な詩人マフムード・ダルウィーシュにハイファでの詩の読誦を許可した。しかしその街は、「アラブ文化の首都」と叫ぶエルサレムではない。シオニストの、そしてアラブの公式な辞書において、ハイファは既にイスラエル化している。新しいアイデンティティが議論の余地もなく固持されているかぎり、その街はアラビア語の詩を恐れる必要はない。しかしエルサレムとなると話は別だ。数百という聖職者の住まいを破壊し数千人を追い出して、イスラエルの「オールシャリーム」などと主張する敵は愚かである。破壊されようと、追い出されようと、あるいはベルリンの壁に学ぶこともなく分離壁を打ち立てようとも、パレスチナ人、アラブ人たちは、エルサレムのアラブ的性格は譲らないと、文化的に主張しようとした。

3月21日、何という日か!その日、シオニスト占領軍は、パレスチナ人に詩歌を禁じたのだ。

アラブの側では、ガザへの野蛮な攻撃について、我々が原始的なロケット弾を発射して、和平プロセスなるものの歩みを妨げないように、との配慮であったと理解する人々もいるらしい。和平プロセスは、パレスチナ国家樹立へと導いてくれるのだそうだ。確かにアラブの公式代表たちは、エルサレムこそその首都だと日々がなり立てている。しかし、アラブ文化の首都エルサレムの祝典を弾圧する必要があるだろうか?舞踏や歌唱、詩といった催しを禁じるとは。イスラエルを純粋なヘブライ国家とすべく「浄化」を進めるという敵の指導層による発言以上に、この事態をはっきり説明できるものはないだろう。これには中傷詩(アラブ詩の伝統的なジャンルのひとつ)も値しない。しかし、中傷詩もまた、弾圧により歪曲され、フェイルーズが歌った古代の小道の苦しみを顧みなくなった今では、アラブが用いるにふさわしくない。

「文化と聞くたびに拳銃に手をやるのだ」と言ったのはゲッペルズだが、アラブ文化の首都エルサレム開会の日、シオニストの戦闘メカニズムは、それを詩や歌と対決する戦場とみなした。

聖書史家たちは、ナザレがエルサレムの歴史、文化、ルーツを賛美するのを望まなかった。彼らはエルサレムの古代の小道で、壁の下で、その歴史を探し歩き、自分たちが聖なる歴史の多くの民族文明の間にいることを発見する。人類史全体にその存在が及ぶ聖なる存在の名残を所有する民族の一つであることに狂喜し、神の力を讃える無邪気な過去をねつ造した。

自らを自由国家と名乗るものが、詩や歌や民族舞踊、刺繍の縁取りがついた衣装への嫌悪症にかかっているなど、聞いたことがない。詩歌の雄弁に鎖がつけられるとでもいうのだろうか。しかし彼らは、今回の戦闘にはリン酸爆弾やクラスター弾、大量破壊兵器は役に立たないと判断し、そのようにした。相手は「文化」なのだ。それは、乾燥地帯も緑地もお構いなしに長い旅路を経て人間同士の関係をつくってきた歴史と言葉である。歌は記憶し、詩は深い痛みを叫ぶ。それを彼らは知っている。詩歌には言葉が使われているからだ。アラブの子供が最初に口にし、殉教者の遺言となる言葉が。どうやってアラブの歴史からエルサレムを取り返そうかと彼らは考えている。ナザレのフェスティバルは、アラブ文化の首都エルサレムを認めた。つまりジーザスがエルサレムのアラブ的性格を裏付けた。一方彼らはナザレのイエスを思い出したくない。過去の罪を糾弾されたくないのだ。

母の日を祝っていたマトラーンの学校に彼らが押し入ったのもこのためだろう。母の日とアラブ文化の首都エルサレムの結びつきに我慢ならなかったらしい。

彼らは記念日の祝典を包囲し逮捕しようとした。そこで歌われる俗謡のためではなく、彼らが純粋なヘブライ国家の首都としたエルサレムが、アラブ文化の首都、つまりアラブのアイデンティティの象徴として、アラブの集まりを招聘することが問題であった。彼らが直面したのは単なる文化的な催しの集まりではなかった。それはエルサレムのアラブ性をアピールするものだった。

この祝典が、母の日、春を祝う日にあたったのは偶然だろうが、それは、真理、歴史、人間性などと歩みをひとつにするものである。この闘争に、中傷詩も批判も嘆きも必要ではない。公式なアラブの中傷詩は、エルサレムが代表するもの、人間、歴史と地理の関係に関する思想にふさわしくない。アラブが一つとなり、エルサレムをアラブ文化の永遠の首都にすべきである。エルサレムのアラブ的性格を戦略として、歴史の数々の過ちをただすべきである。歴史を通じて最古の武器、最強の紐帯であった言葉にしかできないことがある。

混乱した過去に苦しむ者は、未来に対しても常に恐怖を抱き先行きに不安を感じる。だが、エルサレムはそうではない。ほっそりした緑の木が、風に吹かれたわんでも深くおろした根に支えられているように、エルサレムはそのルーツをよりどころとしている。

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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:16137 )