映画「ムスタファ」無罪放免―アタテュルクへの侮辱は認定されず
2009年05月12日付 Milliyet 紙

アンカラ共和国検事総局は、ミッリエト紙記者のジャン・デュンダル氏に対して、アタテュルクの一生を描いた「ムスタファ」というドキュメンタリー映画のためになされた捜査を無効と結論付けた。

検事のナディ・チュルカスラン氏は、専門家の報告書でアタテュルクを「か細く、個性がなく、アルコールと夜遊びにふける独裁者」であるかのように描いたとして告発した、デュンダル氏の作品における主観的な解釈に対して、これにはアタテュルクを侮辱し、おとしめる要素は見つからないという結論に達した。

■専門家の報告書

チュルカスラン検事は、「映画の中でアタテュルクが侮辱されている」という主張について、バシュケント大学法学部教授メンバーのアフメト・ムムジュ教授から報告書を求めた。ムムジュ教授は報告書で、デュンダル氏がアタテュルクを「病気がちで、気が滅入る、貧乏な独裁者で、孤独のうちに死んだリーダー」というふうに描いているとし、映画が憲法冒頭部分とアタテュルク批判を助長させる罪状についての条文に則り判断される必要があると主張した。一方で同教授は、欧州人権条約の関連条文を示して、罪を成す行動が思想の自由の範囲内でありうると指摘し、自身の報告書において以下の確認点を述べている。

・ ソフィアへと任命されたアタテュルクがイスタンブルを離れる際にマダム・コリーナに書き送った手紙の特定箇所が、公表されている。しかし、恐らく扇動家か保守層の中でアタテュルクへの反発を増すためであろうが、「夜をマダムの腕の中で過ごした」という箇所が読み上げられている。

・士官学校の1年生の時に「女と酒を覚え、ワルツを習う若き生徒」のこの(性癖)が帰すべき情熱がなぜ強調されているのか?このため、学習意欲がフランス語修得のみに向けられたことが示されねばならなかった。

■イエニチェリ誇示

・ 500年にわたってオスマン帝国の主権下に置かれ、最終的には独立を勝ち取ったブルガリア人が、ソフィアでの有名な仮装舞踏会で着用したイエニチェリの制服の故にアタテュルクを一等とした理由は、彼の人目を引くカリスマ性の表れではないのか?このカリスマ性を持つ人物が、ソフィアでいかに孤独感と憂鬱を経験したのだろうか?

・ アタテュルクが議会の開会に対して宗教的な性格を与えたがっていたことについて、これは偽りの感情であったと強引な暗示を通じて強調している。この描写を見た一般的な学生に、「アタテュルクは宗教を自身の野望のために利用した」との疑いをどうしても植えつけてしまうだろう。

・ アタテュルクが暗闇の中で眠れないのを長い場面で示すのは、ドキュメンタリーにおいてこれほど必要なものなのか?この描写によって、アタテュルクが臆病な司令官としておとしめられないだろうか?

・ シカゴ・ヘラード紙の特派員に渡したルポルタージュを説明する記者は、「頑丈で、眼力の強い」司令官と出会ったと話している。この認識は、時おり言われる「病気がちな男」という性格付けと一致しない。

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( 翻訳者:牧史織 )
( 記事ID:16431 )