クルド問題解決策、最初の一歩―ディヤルバクル刑務所、移転へ
2009年08月22日付 Radikal 紙

クルド問題解決策について話されている昨今、興味深い進展が見られる。1981年の9月12日クーデター後、そこでの拷問や数々の事件が議論されてきたディヤルバクル刑務所が、移転する。農業農村省メフディ・エケル大臣が会見を行った。現在の刑務所は移転され、そこに学校が建設される予定だ。

ディヤルバクルEタイプ刑務所は、まるで9月12日軍事クーデターの象徴のようであった。そこでの拷問や、ハンガーストライキ、数々の事件が議論になった。1981年から1984年の間に、同刑務所で34人が亡くなり、何十人もの人が障害を負うことになった。ディヤルバクル刑務所について本が書かれたり、ドキュメンタリー映像が撮られた。

同刑務所は昨年、タイムズ紙に「世界で最も評判の悪い10の刑務所」のひとつとして挙げられた。刑務所から無事出てきた人々は皆、そこでの拷問について語った。同刑務所に留置されている人の中には、知識人や政治家もいた。民主市民党(DTP)アフメト・チュルク党首も、その中のひとりであった。

クルド労働者党(PKK)の出現を、ディヤルバクル刑務所の状況と結び付ける者もいた。今日トルコで最も重要な議題としてクルド問題解決策が話されているなかで、重大なある決定が発表された。すなわち、ディヤルバクル刑務所の移転である。

ディヤルバクル刑務所は、エルガニ方面行き幹道沿いにある司法省所有のある土地に移転する。同刑務所の悲惨な思い出が詰まった現在の建物の跡地には、学校が建設されることになっている。約300平方メートルのその土地には、(外国語で教育する)アナドル高校、普通高校、初等教育学校、幼稚園、それに運動施設が建設される予定であり、約2千4百万トルコリラの予算が割り当てられる。

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( 翻訳者:津久井優 )
( 記事ID:17259 )