トゥジェリのCHP党員、集団離党
2009年11月23日付 Hurriyet 紙


トゥンジェリで、CHP(共和人民党)オヌル・オイメン副党首の『デルスィム蜂起』に関する発言に反発し、地方自治体の長3人を含む約300人の党員がCHPから離党した。離党は共和国広場で約1000人が参加した記者会見の場で発表された。離党する一人であるオヴァジュク郡長のムスタファ・サルギュル氏によって離党声明文は読み上げられた。

■トゥンジェリで集団離党
CHPからの集団離党のため、共和国広場で約1000人が参加する記者会見が行われた。発表を読み上げたオヴァジュク郡長のムスタファ・サルギュル氏は、離党の理由に関して以下のように述べた:
「私たちデルスィム出身者は、1937~38年の痛みを心に縛り付ける一方で、『民主的解決』の名の下、トルコ大国民議会で『シェイフ・サイトの反乱、デルスィム蜂起をこのように鎮圧しました』という表現をしたオイメン氏のこの態度を、問題解決ではなく力の行使であると解釈しました。デルスィム市民はみなこの抑圧にも関わらず、弾圧に屈せず、死、流刑、飢餓に立ち向かい、堕落を受け入れませんでした。そしてまた歴史を通し、人間の自尊心が一番の価値であることを主張する市民です。アレヴィー派は、痛みを心にうずめ、恨み、嫌悪を追及せず、人種、宗教、言語、肌色で判断せずに、全人類を同等に見なし、またユヌスのような心で、メヴラーナの愛でもって愛するのです。こうしたアレヴィー派の原点と考えられるデルスィムとその市民を敵視し、TBMMの演壇から私たちの機嫌を取りながら、私たちの祖先にされた不正を現代の解決策として私たちの前に差し出すこと、それを誇ること、またこれを社会的民主主義や平和の名の下に行っているのだと言うことは人間の恥であり、人々を騙すことです。こうした考え方を持ち、この表現を使うものらに責任を取らせずして、私たちはデルスィム出身者として(党に)留まることは出来ず、党員を続けることはできません。わが市民たちに対して、私たちは恥をかかせることになります。1937~39年とその後デルスィムで女性-男性、妻-子供たちを含む1万人の罪のない人々が殺されたことを、正当化しようという考えと同じ方針をとることは不可能なため、所属しているCHPから私たちは離党します」

サルギュル氏の発表の後、広場に集まった人々はしばらく拍手を送り、解散した。

■離党したメンバー
トゥンジェリでCHPから離党したメンバーには、ピュルミュル郡長メスト・ジョシュクン氏、オヴァジュク郡長ムスタファ・サルギュル氏、選挙を無所属で勝ち、CHPへ入党したナジミイェ郡長のジャフェル・クルムズチチェキ氏も含まれている。この他、CHP元トゥンジェリ選出議員ハサン・ギョユルダル氏、トゥンジェリ市長アブドゥッラ・クルムズダー氏、辞任した元トゥンジェリ市長ダヴト・ユルドゥルム氏、ピュルミュル郡長ハサン・ハイリ・ケスキン氏、ナジミイェ郡長イスマイル・ハック・シャーヒン氏、トゥンジェリ県党執行委員会メンバーのドーアン・ベンリ氏、ケマル・ボズクルト氏、トゥンジェリ商工会議所のハサン・クル会長、商工会議所のアリ・アスケル・ギュレル元会長、そしてデルスィムスポーツ会長のヤシャル・モウイタイ氏も含む約300名が離党した。

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( 翻訳者:白石百合子 )
( 記事ID:17931 )