暗殺されたハマース幹部、生前のインタビュー放映
2010年02月08日付 al-Quds al-Arabi紙

■ 「アル=ジャジーラ」との録音インタビューで
■ アル=マブフーフ、3度の暗殺未遂、イスラエル兵2名殺害作戦への関与を明かす

2010年02月08日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP1面

【ガザ:アシュラフ・アル=ハウル(本紙)】

約2週間前ドバイで暗殺されたハマース運動の著名な治安幹部マフムード・アル=マブフーフは、生前行われた衛星放送「アル=ジャジーラ」とのインタビューで、過去3回イスラエルによる暗殺未遂に遭っていることを明かしていた。

先週土曜(6日)ジャジーラで放映された録音インタビューで、マブフーフは最初の暗殺未遂は1991年だと述べた。1989年に彼がイスラエル兵2名を捕虜とし殺害したあとのことである。二回目は2004年4月で、この時期、ハマース指揮官イッズッディーン・アル=シャイフ・ハリールがダマスカスで暗殺された。三回目は、2008年2月にダマスカスでレバノン・ヒズブッラーの指揮官イマード・ムグニヤが暗殺されたひと月後であったという。インタビュー中マブフーフは、自分がいつ暗殺されてもおかしくはないとして、「この道を選んだ者は自分の最期を知っている」と述べた。

イスラエルは、兵2名の殺害に関与したことに加え、イランからガザへの兵器密輸を監督していたとの容疑をマブフーフにかけている。

マブフーフは、先月20日ドバイのホテルの一室で殺害された。同日シリアの首都から空路で到着したところだった。

ハマースは、この事件の背後にイスラエル情報機関モサドがいるとみなしている。ハマースの調査によれば、マブフーフは窒息死させられる前に電気ショックを与えられ意識を失い動けない状態であった。

ジャジーラのインタビュー中、マブフーフの顔にはぼかしがかけられていたが、彼は、ハマース武装兵により行われた1989年のイスラエル兵2名の拘束と殺害、埋葬、犯行声明についての詳細を述べた。

マブフーフによれば、この作戦後、イスラエルに逮捕されたメンバーの自白により自分の関与が明かされ、ガザで追跡されるようになり、シリアへ逃亡した。インタビュー中マブフーフは、「イスラエルが犯した数々の罪と虐殺」の報復としてパレスチナ武装諸派がイスラエルに打撃を与えることを望むと表明した。

また、2002年にイスラエルが暗殺したハマースの元軍事幹部サハーフ・シャハーダとの関係について触れた。

ドバイ首長国はマブフーフ暗殺の状況、背後関係等を捜査中であり、治安指揮官によれば、欧州国籍の数名が作戦を実行したとみられる。同指揮官は、モサドの関与も否定できず、イスラエルの関わりが確定すれば、アラブ首長国連邦はネタニヤフ首相への逮捕令状を発行すると述べた。

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(翻訳者:十倉桐子)
(記事ID:18434)