アモス・オズ作品アラビア語訳の出版
2010年03月01日付 al-Hayat 紙

■ アモス・オズ:ユダヤ人家族の「アルバム」を修復

2010年03月01日付アル・ハヤート紙(イギリス)HP文化面

【アフマド・ザイヌッディーン】

アラブ人読者の中には、英仏その他の欧州言語でアモス・オズの著書を読み知っている人々もいる。故ガーリブ・ハルサー[ヨルダン人作家1932-89]は、15年以上前、この名高いイスラエル人小説家について、英語からその主要作品を要約しつつ書いている。オズの小説「ハンナとミカエル」はエジプトで翻訳されたが限られた形でしか出版されなかった。昨年夏、特にカイロで、アモス・オズの名はよく聞かれた。彼の著作出版の可能性について、文芸界で議論がもちあがっていたのだ。常のように、この議論もまた、種々の政治的立場が交錯するものであった。そして本日、ジャマル出版からオズの作品「愛と闇の物語」のアラビア語訳760頁が出版された。ヘブライ語からの翻訳はパレスチナ人作家ジャミール・ガナーイムが行った。長編であるのみならず文芸的にも重要とされる。自伝的作品であるが、単に自身と家族の思い出を綴っているだけではない。それは、散り散りになった現実の断片を寄せ集め、微小な細部まで見つめようとする幻想的作品である。語り手はそれら断片の連鎖、共鳴、よじれを追う。あらゆる表現、一つ一つの動きに立ち止まり、脱線し、想像し、あるいは幻視する。延々と細部に至る回想の連鎖が続く。あるいは、光を帯びた形象、ぼんやりとした幻、忘れられた片隅が描かれる。読者は彼の空間へ、語り手の工房へと誘われ、彼の道具とその使い方を知らされる。出来事の切れ端をどのように繋げ合わせるのか、どのように収集し、配置し、並べ替え、各々の響きを楽しむかというような事だ。語り手の第一の素材は、家族の古いアルバムである。それから、ソニア伯母さんとの会話の切れ端、本や小説の断片、詩の数節、おとぎ話、童話、記憶に引っかかっているとりとめない出来事など。そして彼の小説技法により、それらの断片、時間の一こま一こまは音楽的旋律にのってよみがえる。繰り返されるたびに新たな形、別の光の中で。父と息子と母という三者の関係のイメージが繰り返し現れ、それは現在の彼の父親的視線から眺められる。全てのストーリーはその書き手の痕跡と無縁ではないが、オズのストーリー分析からは、それが告白ではなく、書き手の秘密を覗き見するものでもないことが分かる。真のストーリーは、選択的営為である。つまり、並べ替え、またばらばらにしてろ過する事だ。そこでは、実際にあった現実と、あったかもしれない可能性、推測が混じり合う。その小説の中で書き手は、ぼんやりと曖昧な記憶、誰かが口にした言葉、噂、推測といったものの兆ししか意図していない。この作品が多くの隙間、空白を含んでいるとすれば、オズは、可能性、推測、おそらくそうであっただろう事などをはめ込んでそれらを埋めている。オズは、テキストと書き手の間にあるものではなく、テキストと読者自身との間にあるものを探るよう呼び掛けている。ここでは読むという行為は、書き手の秘密を見つけ出すことではなく、読み手側の漏らしたくない恥ずべき秘密を暴露することとなる。それらは、白日のもとにさらされるのを恐れていた内なる怪物たちである。

オズの作品の素材は、エルサレムにおける自身の家族とその他のユダヤ人家族たちの日常生活によって織りなされている。パレスチナが英占領下にあった時代のコスモポリタン的エルサレムである。その細部は、写実的に豊かに描写されている。家々の眺め、その玄関ホール、イスとテーブル、ベッドとベッドカバー、食べ物のにおい、台所の様子、コップやグラスの形、飲み物の味。本屋の棚では、本の並び方、背表紙の色、厚さ、表題。そして様々な言語、それらの調子やリズム。突然の激情、空疎なプロパガンダ、口論、懸念、叶わぬ夢等々。それから、これら全てを取り巻く暗い皮肉と嘲りの靄。オズは、二つの民族、ユダヤ人とアラブ人の運命にとって決定的であった歴史的時間軸の上に彼の物語を構築する。その時とは、パレスチナの地にイスラエル国家が支柱を下した瞬間である。そして、場所もきわめて重要な、歴史的、政治的含意をもつ。その場所はエルサレムであり、作品中で我々はその都市が瞬く間に瓦解し炎上するのを見る。それがユダヤとアラブを分かつ境界線上にあったがためである。パレスチナ中で最も陽気でありながら、最も不安にさいなまれた都市がエルサレムであった。


作品中、エルサレムのアラブ人側については住民の交流を通じ時折登場する。それはオズの想像した、ユダヤ側から見たアラブ側であるのだが。オズは、ユダヤ移民第一世代の生活を伝える。彼らの習慣、宗教儀礼、情熱や夢、理性と迷信、穏やかな時、過激な時を。父方はロシアのオデッサ、母方はポーランドに出自をもつ自身の家族の軌跡を通じ、オズは、パレスチナの海に注ぎ込む様々な人間文化の流れとして入植のパイオニアたちを語る。彼らは様々な考えと感情、苦い思い出、そして独立国家建設への楽天的展望を抱いていた。その多くが恐怖を感じおびえていた。迫害の記憶が彼らを付け回すのである。これは、あらゆるユダヤ作家に例外なくみられる主題である。定住文明の中のユダヤ人が中心と辺縁との間で宙ぶらりんになっていたことが分かる。息子には一貫してヘブライ語のみを学ばせようとする父親が登場する。それは彼の[過去からの]脱却の試みである。しかし、その父親自身がしばしばヘブライ語の発音につまづき、話が込み入ってくると妻や友人たちとはイディッシュ語で会話していた。「愛と闇の物語」の中で私たちはパレスチナのユダヤ人第一世代の生活を取り巻いていた情緒的、文化的差異やそれらの交錯ぶりを学ぶ。差異は、それぞれの階級、出身国の伝統文化の違いなどに由来している。個々の立ち居振る舞い、考え方、感じ方に現れるそのような差異、バラエティこそが作品の登場人物たちにとっては原体験であり、彼らの基盤形成に貢献している。

(後略)

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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:18580 )