ダルブカ奏者ブルハン・オチャル、自らを語る
2010年05月16日付 Yeni Safak 紙


ブルハン・オチャルはこう語る。「15年前はカンフーをしていました。バイクのラリーで何度か死にかけたこともあります。私の人生はとても波乱万丈でした。自らのスタイルをもったアーティストになりたいと思いました。唯一の存在になるために。今でもその信念で続けています」

ブルハン・オチャルはこの上なくめちゃくちゃにエネルギーに満ち溢れた人物である。彼の人生はダルブカ(ゴブレットドラム)を打ち付けるスピードのように速いリズムで流れていく。しかし一方で彼は、彼の言葉を借りれば、「変拍子」で生きている。30年間をアメリカで過ごしたブルハン・オチャルは、そもそもはクルクラレリ出身である。しかし打楽器を演奏しているため、人々は彼をロマまたはクルドだと思っているようだ。オチャルの家を訪れ、数々のダルブカを眺め、仕事部屋にある楽器を演奏してみた。本当に楽しかった。以下8分の9拍子によるブルハン・オチャルへのインタビューをお届けする

問:「ダルブカを叩く男」である以外にあなたはどのような人間ですか?
ルメリ出身です。父はクルクラレリ出身で、母はテッサロニキ出身で、カラマンルです。父の家系は3世紀前にまで遡ることができ、祖先はオスマン時代のアクンジュ(奇襲兵、不正規部隊志願兵。一定の戦利品を手にするのを認められていた)たちの一人であったようです。父の祖父はダマスカス出身で、白い肌のアラブ人でした。そのため、父からアラブ的風貌を受け継ぎました。

問:あなたはロマではありませんが、あなたをロマだと考えている人たちがいます・・・
ダルブカを演奏しているためでしょう・・・私をクルドと思っている人もいます。

問:何人兄弟ですか?
6人兄弟です。

問:兄弟たちは何をしているのですか?
退職している者もいれば、主婦をしている者もいます・・・

問:では、あなたはこの人生をどのように選んだのですか?
(自身を眺めつつ)つまり私はこのような人間なのです。

問:どのような人間なのでしょう?
リーダー的気質があります。15年前はカンフーをしていました。バイクのラリーで、何度か死にかけたこともあります。私の人生はとても波乱万丈でした。

問:若いときにスイスに行ったそうですね。なぜですか?
トルコでしてきたことに私は満足していませんでした。私を理解してくれる人や、私が演奏を行うことのできる場所がなかったのです。

問:結婚式などで演奏したそうですね・・・
はい、たくさん演奏しました。トルコではほかにできることがなかったからです。さらにこうして多くの人を煙にまきました。彼らは私に「どの音楽学校の卒業ですか」と尋ねてきました。私も「ドューンレル(結婚式)音楽学校の卒業です」と答えました。彼らは驚いて「その音楽学校はどこにあるのですか?」と言いました。つまり私が言ったことを信じたのです!(笑いながら)

問:ではアメリカでは何をしていたのですか?
約10年間はあらゆる場所を周りました。行ってない場所は残っていまいほどです。当時はもっと怖いもの知らずで冒険的でした。

問:どうしてあえて遠くに行こうとしたのですか?しかも20代という年齢で・・・
私の勇気は向こう見ずなものといえるでしょう。父には「映画スターになる」と言っていました。今考えると、なんて非現実的な夢だったのでしょう・・・友人たちは私を嘲笑って「3ヶ月後には戻ってくるだろう」と言い、冷やかしました。私は彼らに「世界で最も有名な人たちと、最高の場所で演奏してみせる」と言いました。

問:今仰った事全てを成し遂げたら、何になるつもりでしたか?
ブルハン・オチャルです。自らのスタイルをもったアーティストになりたいと思っていました。唯一の存在になるために。今でもその信念で続けています。

問:たどり着きたいと願った頂上には到達しましたか?
その場所に辿り着いたとは思っていませんが、私がいる場所には、やはり私しかいません。

問:ライバルはいますか?
誰とも競ってはいません。だれそれが私よりも素晴らしい演奏をする、お金持ちだ、有名だ・・・このようなことには関心を持っていません。私は永遠さを追求しています。

問:最速技法をもった、最高の演奏者になったら、その後は何になるのですか?この目標に終わりはないのですか?
私はただ、ブルハン・オチャルになりたいのです。

問:それではなぜ戻ってきたのですか?
結婚したからです。妻は「イスタンブルに引っ越すなら、結婚する」と言いました。ここに来て1年後に離婚しました。彼女は去りましたが、私は残りました。

問:人は30年間も外国で暮らしたのなら、その国に溶け込んでしまうのでしょうか?それとも生まれ育った土地への愛着を持ち続けるのでしょうか?
私はここ、生まれ育った土地の人間だと思っています。私がアメリカで得たものは、すべてここに持ってきました。

■とても上手にアザーンを詠みます

問:ダルブカはあなたの人生にどのように入り込んできたのですか?
アメリカに行く前はダルブカの叩き方を知りませんでした。ドラムを演奏していました。ある日、ラリーをして脚を骨折しました。3年後、また同じ場所を骨折しました。脚が使えなくなったために、弦楽器のサズに手をだしてみたり、ピアノを学んだり、歌をうたうようにもなりました。トルコ人であり、トラキア人であり、打楽器奏者であるとしたら、この世の中でどのようにして有名になろうと考えますか?(この道しかないではないですか)。こうして私も打楽器を演奏し始めました。なぜなら私は世界を征服するために生まれた人間だからです。

問:手で打って演奏する楽器はたくさんあります。なぜ打楽器なのですか?
ヨーロッパでは屋外(のコンサート)にて前座としてステージに立ちました。メインのグループのソリストが、私に「トルコ人ですか?」と尋ね、「はい」と答えました。すると彼は「なぜ自分の(国の)楽器を演奏しないのですか?」と私に言いました。その時、私の中に稲妻が走ったのです。トルコに戻り、ダルブカをデザインしました。大きなダルブカの製作を依頼しました。コンサートではそれらを大太鼓のように演奏しました。

■娘もダルブカを演奏してくれることを願っています。

問:ダルブカをいくつお持ちですか?
たくさんあります。世界で最も美しいダルブカを持っています。約80個持っています。

問:それほどのダルブカを誰に残すのですか?
もし娘がいたら彼女も演奏してくれることを願います。バレエもしてほしいし、ピアノも演奏してほしい・・・でも(手に持った小さなアンティークのダルブカを見せながら)、これも彼女のために取ってあるのです。

問:あなたが演奏しているダルブカはどういう種類のものですか?
トルコのダルブカを演奏しています。演奏が最も難しいのがトルコのダルブカなのです。アラブのダルブカは誰もが演奏していますし、それは自分には合わないのです。

問:トルコのダルブカが他のものと異なる点は何ですか?
トルコのダルブカは銅製です。演奏方法に違いがあります。トルコのダルブカは指で弾いて演奏します。トルコの演奏方法では、アラブの演奏方法のような短音はありません。そのため「ドゥン・タ・タ」(のリズム)がもっと長いのです。

問:あなたに対して人々は何と言いますか?
「ダルブカ奏者」と言う人がいますが、私はこの呼び方にとても苛立ちを覚えます。無知な人々はこういいます。リズムアーティスト、または打楽器奏者と呼んでもらいたい。

問:打楽器をとても上手に演奏していますよね。歌もお上手ですか?
はい。例えばとても上手くアザーンを詠みます。外国ではヴォーカルをしています。フランスではヴォーカルの部門で多くの賞をもらいました。しかしここではヴォーカルだとは言いたくありません。

問:それはなぜですか?
もう十分演奏しています。ここで歌を歌いたくありません。

問:ダブルカ以外どのような楽器をお持ちですか?
4台のピアノがあります。打楽器奏者でこれほどピアノを持っている人はいないでしょう。世界で最も素晴らしいピアノの内の1つはチューリッヒの自宅に・・・オーストリアにもあります。この家にもあります。どこで暮らそうとも、どの場所にもピアノがあるのです。

問:いつもこの家で暮らしているのですか?
家は3つありますが、この家が他より好きです。

問:それほど多くの場所に行き、多くを見た後で、このような木造の家でどのように生活しているのですか?
私は家庭の食事にて、オーガニック食品にて育てられ生きてきた人間です。「オーガニック」な音楽を聴きます。ライライロムは好きではありません。過剰に食べたり、過剰に睡眠をとる人も好ましく思いません。僅かなものしか生み出さない人たちや、熱狂的なサッカーファンたちと関わることは、私には何のメリットもありません。即決断、即実行を好みます。

問:あなたのプライベートな生活は上手くいかなかったようですね。二人の配偶者とも離婚しました。あなたの中に何かきちんとできないような問題があるのですか?
その通りです。だらしないのです。不器用な生き方をしています。

問:どのように育ってきましたか、庶民とエリート、どちらに近いですか?
アンダーグラウンドなカルチャーを経験してきた人間です。私の頭を分解したら、そうしたものが刻み込まれているのがわかるでしょう。

問:ロマの人々との関係はどうですか?
とてもいいです。クルクラレリには多くのロマがいますし、彼らは正直です。田舎の出身で、純粋で芸術家肌です。幼少時代はラマザン・ダヴル(太鼓)を叩いていました。その時のダヴルに私は強く影響されました。断食前の食事ではいつも、ラマザン・ダヴル打ちを待っていました。私がまだとても幼かった時、彼らは私にダヴルを打たせてくれました。母はとても怒りました。彼らと近い関係を保てたのは、幸せでした。

問:それらの人々はあなたに何をもたらしましたか?
音楽において、私がオリジナリティーを確立するのを手助けしてくれました。アメリカでは黒人が音楽に非常に長けているように、われわれの国におけるロマの人々もそうなのです。彼らがいなければ、トルコの音楽はだめになってしまうでしょう。

問:「ロマらしさ」はあなたに何らかのかかわりをもたらしましたか?
ロマらしさは音楽において、私がオリジナリティーを確立するのを手助けしてくれました
もちろん。しばしば彼らのように生活し、彼らの言葉で話しています。いくつかのことを私はこだわって大切にしようと思っています。彼らの、物事にとらわれない生き方に魅せられています。

問:あなたに「ロマですか?」と尋ねる人たちには何と答えているのですか?
「はい」と答えています。今日、世界中の人々がダルブカやロマの音楽を聴いています。

■外見のせいで身柄を拘束されたことがあります
問:マフィアの男のような風貌ですね。外見がトラブルを招いたことはありますか?
とても・・・特に空港での保安検査ではなんどもトラブルに見舞われました。まず私がどういう人間か彼らは見ます。そしてトルコ人ではないと考え、パスポートを見ます、すると中東の名前であるブルハン・オチャル、(宗教の)欄をみるとムスリム。また私を見て、「コロンビア出身のコカインの運び屋」であると考えます。そして「このパスポートには問題がある」と言います。両手を頭の後ろで組んだ状態で、長時間拘束されました。

問:メリットはありましたか?
はい。例えば、私は世界の最も大変な場所にも踏み込みました。香港、バンコク、北アフリカ・・・すぐに自分の心にやましさはないということを示すようにしています。さわやかな感じやさまざまなホルモンを外にだしています。私には犬が吠え立てることも、災いに見舞われることもないのです。

問:(つまり)どのようにするのですか?
「自信ある振る舞い」を知らねばなりません、もしくは隠語・・・

問:それらをどこで使っているのですか?
隠語は、ニューヨークやパリのホテル・リッツで、そして上流階級の人々が出入りする場所で使います。

問:「自信ある振る舞い」とは何でしょう?
アンダーグラウンドな世界に入るとき、私は自信たっぷりな態度を取ることはしません。誰にも自分を誇示したりしません。自分自身と戦っているのですから、なぜ自分に自分を誇示することがありましょうか?

問:ではあなたのことを知らない人はあなたをどう思っていますか?
マフィアだと思っています。

問:そのように見られることを利用しているのですか?
もちろん。例えば、エリートたちの場所に行く時はタキシードを着ます。ニューヨークやロサンゼルスではよく観光します。有名な俳優やアーティストたちがよく行く場所にも行きます。かつて二人の女性と約束しました。彼女たちは一緒に行く予定の場所に私よりも先についたのですが、中には入れませんでした。私は少し遅刻していました。上質なスーツを着て、その上にアルマーニのファーコートを纏い、髪はバックにかき上げ、そして右手には葉巻たばこを持ちました・・・リムジンにて行き、4枚の100ドル札を指にはさんで・・・

問:その後どうなりましたか?
まさにおもったとおりです。ドアの前にいるガードマンに100ドル札を一枚チップとして渡しました。中に入り、責任者に2枚目の100ドル札を手渡しました。誰も私が何者なのかわかりませんでした。左側にはジョージ・クルーニーが座っていました。誰もが彼を見ることはせず、皆が私の方を向きました。「二人の女性と来たこの男は何者だ?」と。興味が掻き立てられたようです。

問:彼らは真実を知ることはなかったのですか?
トルコ人であることは言いませんでした。言えばみな怖がったでしょう。

問:トルコ人だとどうなるのですか?
自分が持っている“材料”をうまく使えば、トルコ人であることはとても有効となりえます。重要なのは手のうちにあるものをいかに利用するかです。とてもいい演奏をするだけでは十分ではありません。イメージも個性も、芸術を発表することにおいては重要なファクターです。お金は物を言い、愛も物を言います。しかし経験はそれ以上に物を言います。

問:つまり対話することがいいのですか?
誰もが私を知っています。例えば、空港では170人の職員が働いています。私は彼らを知っています。彼らとお茶をしておしゃべりをし、彼らの悩みを聞きます。飛行機には私が最後に乗り、また降りるときも私が最後ですが誰も私を怒りません。

問:今まで築き上げたあなたの信用はなくならないのですか?
自分自身を刷新していく限り、なくなることはないでしょう。

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( 翻訳者:指宿美穂 )
( 記事ID:19136 )