ギュル大統領、平和民主党の2言語化宣言に「慎重に」
2010年12月17日付 Yeni Safak 紙

ギュル大統領は、平和民主党(BDP)が法改正を待たずに南東アナトリア地方での2言語化宣言をしたことに関して、「今は、全員がより責任を持ってより慎重に行動することで、我々の道は開けていくだろう」と話した。

ギュル大統領は、「以前は、私たちの間にある違いを恐れていたが、今、その違いを豊かさと捉えはじめている。この時代に、全員がより責任を持ちより慎重に行動することで我々の道は開けるだろう」と話した。

ギュル大統領は、アンカラ広域市市庁舎を訪問し、メリフ・ギョクチェキ市長から説明を受けた。ギュル大統領は、BDPが法改正を待たずに南東アナトリアでの2言語化宣言をしたことに関してコメントを求められ、次のように述べた。

「トルコ共和国の公用語はトルコ語であるが、トルコでは他の言語も使用されている。全員が一級の国民である。国民が話している様々な言語は我々の文化的遺産である。この観点から見ると、トルコ語もクルド語もともに使用されている言語である。国民の一部が使用している言語も、我々の言語である。しかし、トルコ共和国の公用語はトルコ語であり、そのことは変わらない。」

■全員に良識を呼び掛け

またギュル大統領は、ある質問に対して、トルコ大国民議会(TBMM)でクルド語を使っても誰のためにもならないと話した。今日、トルコがより一層民主化し、全員が互いをより一層理解しようとしているとするギュル大統領は、「以前は、私たちの間にある違いを恐れていたが、今、その違いを豊かさと捉えている。この時代に、全員がより責任を持ちより慎重に行動することで我々の道は開けるだろう。この観点から、全員がトルコでこのような大きな責任感を持って行動すれば、より一層有益である」と話した。

■子ども時代に返った

広域都市市長を訪問した後、アンカラの歴史的な市街地であるウルスとその周辺を視察したギュル大統領は、自身にプレゼントされたこま(独楽)を回した。「子ども時代をこれとともに過ごした」と話すギュル大統領は、最初は成功しなかったが、2回目にこまを回すことに成功した。アヒー・エルヴァン・モスクで金曜礼拝を行ったギュル大統領を人々は大歓迎した。人々の拍手の中、モスクから出たギュル大統領は、周辺の店を周り、子どもたちと会話をした。

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( 翻訳者:小松裕美子 )
( 記事ID:20994 )