ビン・ラーディン第一夫人がシリアを出発しドーハへ移動
2011年05月03日付 al-Quds al-Arabi 紙

■ 消息筋、本紙に:「ビン・ラーディンの妻と子供たち、シリアを発ちドーハへ」

2011年5月3日付『クドゥス=アラビー』

【ダマスカス:本紙カーミル・サクル】

アル=カーイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンの第一夫人であるナジュワー・ガーニム夫人は、シリア海岸地域の都市ラタキアで息子たちと共に住んでいる邸宅に隣接する家屋を25万米ドルを超える価格で購入しようとしていたが数ヶ月前、カタールの首都ドーハに向けて出発していた。

事情に詳しい情報筋が本紙に対して述べたところによると、ビン・ラーディンの妻とフィリピン人家政婦とウサーマ・ビン・ラーディンの子供たち(娘3人とアブドゥッラー、アブドゥルカーディルの息子2人)はラタキアの町からドーハに発ち、シリアにはビン・ラーディンの親類はもう誰一人残っていないという。

報道では、パキスタンの首都近郊の邸宅に対するアメリカ軍の作戦で死亡したことが日曜日[5月1日]に発表されたアル=カーイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが遺言状を残していたことが伝えられている。2001年の米国における9月11日の爆破攻撃から約3か月後の日付が記されたこの遺言状では、妻たちに対して「ビン・ラーディンの死後に結婚しないこと」を、息子たちに対しては「アル=カーイダや前線での活動に関わらないこと」が託されているという。

地元消息筋が本紙に対して語ったところでは、ウサーマ・ビン・ラーディンの息子アブドゥルカーディルはラタキアで、趣味で馬を飼育していたという。アブドゥッラーの母でありウサーマ・ビン・ラーディンの第一夫人であるナジュワー・ガーニム夫人はラタキア市内の高級住宅街の一つであるズィラーア地区の瀟洒な邸宅に子供たちと共に住み、ビン・ラーディンとの間に子供を9人儲けた。消息筋によればナジュワー・ガーニム夫人はラタキア郊外のバドミユーンという村の出身で1974年、14歳の時にビン・ラーディンの妻となり、周囲の人々と交わることを避けて非常に保守的な生活を送ってきたが、正常な生活で何ら治安面で警戒を要するようなことはなかったという。

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( 翻訳者:小島明 )
( 記事ID:22359 )