■コラム「ウサーマ・ビン・ラ―ディン(ビンラディン)の死」
2011年5月7日『アハラーム』
【アブドゥルムンイム・サイード】
アハラーム紙のHPでウサーマ・ビン・ラ―ディンとは誰か、つまりテロリストなのかそれともジハード戦士なのかというアンケート調査が行われ、その結果が手に入った。その結果を見ると、回答を寄せた人々の25%が前者の見方を支持し、後者を支持したのは63%であった。
ここで注意してほしいのは、HPで投票する人というのは特別な傾向を持っているということだ。つまり教育があり、たいていは若者で、さらに世界でそしてエジプトで起きていることをよくわかっているはずなのだ。
私は複数のテレビ局でビン・ラ―ディン殺害作戦が報じられたのを観た。また世界各国の、そしてアラブ諸国の新聞で報じられるものも読んだ。この件に関し、滑稽なアラブの論理が見られてもあまり気にはならなかった。しかし私を嘆かせたのは、世界中が自分の国でビン・ラ―ディンに殺された人々のことを覚えているのに、私たちはそうではなかったということだ。
(世界中で、)自国民が殺された数多くの現場の写真が出される。9・11のアメリカだけではない。何十人、何百人が殺されたナイロビやダールッサラームもそうだ。さらにイラク人はザルカ―ウィ―とその仲間、つまりビン・ラ―ディンに従う残忍な輩が自分たちに何をしたかを覚えている。ヨルダン人は、首都のあるホテルで行われていた婚礼で殺された人々のために冥福を祈った。モロッコでは、殺害されたイスラム教徒のアラブ人の血と恐怖に対する記憶は鮮烈である。それはロンドンでもマドリードでも同じである。なぜならそこではビルや地下道や駅、いや救急対応の病院や試験中の学校までもが爆破されたのであるから。
私たち(エジプト人)だけが覚えていないのだ。ルクソールでの虐殺、タバ、ダハブ、シャルムッシェイフでの虐殺で何が起きたか、誰の頭のなかにも浮かんでこない。それがビン・ラ―ディン個人の指令によるものであれ、彼に忠誠を誓った組織によるものであれ同じことだ。
これらの(殺された)エジプト人たちはすべて殉教者ではない。復讐を果たし、誰かが彼らの魂の平安を祈ることもない。実際に起きたことはその逆だった。
アラブのそしてイスラムの共同体の追悼の念はジハード戦士の長でありイスラムの獅子(であるビンラディン)に向けられた。日々、「我々は中道派であり穏健派である」と明言している政治組織からも、ビン・ラ―ディンの死に際し、抵抗の権利は正当なものであり、それには疑いの余地がないというコメントが寄せられた。
しかし、並ぶ者のない唯一の神を信じているイスラム教徒のエジプト人を殺害することとそれとの間に何の関係があるというのだ!エジプト人を殺害することがジハードになってしまったということか?!
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( 翻訳者:八木久美子 )
( 記事ID:22464 )