カイロ:コプト・キリスト教徒のデモが流血の衝突に発展
2011年10月10日付 Al-Ahram紙


■コプト教徒のデモ、非暴力で始まった後に暴力と流血へと変わる
■保健省:「マスペロ地区で軍とコプト教徒合わせて23人が死亡、183人が負傷」

2011年10月10日『アル=アハラーム』

【カイロ:本紙記者、中東通信社】

昨日(9日)午後、アスワン県のアル=マリナーブ村で[教会が破壊された]事件と、先週の火曜日に行われたマスペロ(テレビ局)前でのコプト教徒による座りこみが力ずくで解散させられたことに抗議し、コプト教徒がデモを行った。デモはカイロと6つの県で、平和的にはじめられたが、すぐに残念な暴力沙汰へと変貌した。

数千人が参加した行進がショブラ広場からマスペロ地区に到着すると、軍や警察への投石から暴力が始まった。その後、デモ隊側から発砲があり、兵士3人が死亡した他、兵士100人が負傷した。

責任ある筋が中東通信社に語ったところによると、軍事警察官の殉職者は3人にのぼり、負傷者は100人以上だという。マスペロ前で負傷した警察官に重傷者がいることから、さらに死亡者は増えると見られる。昨日、エジプトテレビが放送した声明で保健省は、「死亡者の数は23人にのぼり、183人以上が負傷した。またデモ隊は軍事警察の車両や、公共交通バスに火をつけ、一般車両を破壊した」と述べた。
(中略)

コプト教徒が今回のデモで掲げた要求は、アスワン県知事の辞任とマリナーブ村のマール・ギルギス教会の再建、[教会破壊の]犯人の裁判と被害者への補償、次の議会選挙でのコプト教徒クオータ[専用議席枠]の導入であった。このコプト教徒のデモには多数のイスラーム教徒と人権活動家も参加し、「イスラーム教徒とコプト教徒は一つの手」とのスローガンを連呼していた。同様の行進やデモはアレキサンドリアとケナでも発生した。

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(翻訳者:深澤碧)
(記事ID:24212)