スペインのテロ組織ETAはPKKと似た側面を持っていると主張する環境政治学センターのジェネラル・コーディネーターのタルク・チェレンク氏は、「もし解決に焦点をあてたやり方が追求されるなら、IRAとETAのたどった道はトルコにおいてPKKが武装解除するためのモデルとなりうる」と話した。チェレンク氏は、スペインで43年かかったETAの武装解除に最も影響を与えたのは市民団体であったと強調した。
分離主義のテロ組織であるETAが43年かけて武装解除したことを評価する経済政治学センターのジェネラル・コーディネーターのタルク・チェレンク氏は、スペインのETAやイギリスのIRAの武装解除は、テロ組織と武力闘争中のトルコにとって一つのモデルになりうると話した。特に、ETAはトルコにおいて30年間活動を続けるPKKと類似点があることを強調し、PKKもETAのように政治的なナショナリズム運動から始まったことを明らかにした。1968年以来常にテロを一つの手段として使ってきたETAには軍事部門もあったと話すチェレンク氏は、「ETAの政治部門はプロセスの過程で政党化した。党は度々解党させられたり、認められたりして、一時期党の存続を巡って紛争が起こったりした。ETAでは、組織内では考えの違いから対立が表面化することも多かった」と述べた。長年、クルド問題解決において考慮されるべき心理的プロセスを研究する元少佐で戦略家でもあるタルク・チェレンク氏は、ETAのテロ行為がPKKと興味深い類似点があることを強調した。「市民や幼い子どもが殺される一方、ETAは長い間大衆から強い圧力をうけ、脅しをうけた」と話すチェレンク氏は、この点において、組織を批判し圧力をかけた層が国を平穏に導いたと指摘した。トルコにおけるPKKのプロセスに言及するチェレンク氏は、スペインでのETAの武力解除に最も影響を与えたのは市民団体であり、彼らが協力して行った行動であると指摘した。また、2005年にマドリッドで多くのグループがETAに反対して集まり、大変大きな市民の抵抗運動を行ったと説明し、「ETAの最後の抵抗はこの運動によって終わり、その後、昨日ついに決着をみた武装解除のプロセスが始まった」と話した。スペインのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテーロ氏が首相に就任したこともプロセスに影響を与えたと話すチェレンク氏は、「サパテーロ首相の穏健な態度や忍耐力によってプロセスが滞りなく進んだと述べた。トルコにおけるPKK問題がいまだに解決していないことの最大の問題の一つが、市民団体が問題解決のプロセスに含まれていないことだと話す戦略家のチェレンク氏は、「クルド問題と外交のためには、真の独立した市民団体を無視すべきではない。昔の方法ではこの問題が解決しないことを一刻も早く理解すべきである」と述べた。
■テロは知力と忍耐で解決される
イギリスのアイルランド解放軍(IRA)との闘争もトルコのモデルとなりうると話すチェレンク氏は、次のように解説した。「IRAの解体では大英帝国から引き継いだ国家としての知力と優れた指導者の質が際立っていた。そこでの組織にはより正当な理由があった。なぜなら、土地が占領されていたからだ。しかし、このプロセスはトニー・ブレアのリーダーシップのもと、彼の忍耐と知力によって解決された」。IRAの武装解除へのもうひとつの影響は、イギリスでよくおこなわれる裏ルートでの交渉であると話す戦略家は、トルコではこの手段は使われていないと述べた。EATはIRAやPKKのような多くのテロを手段として使う武装集団であると話すチェレンク氏は、「これらはエスノ・ナショナリズムをマルクス主義的用語で脚色した運動である。このグループには将来への不安があるため、話し合いの場についた際には、まず統合の問題を解決することが必要である。もし解決に焦点を当てたやり方が追求されるなら、IRAとETAがたどった道は、トルコにおけるPKKの武装解除のモデルとなりうる」と述べた。
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( 翻訳者:小松裕美子 )
( 記事ID:24308 )