Kolay Çalışkan コラム:KCK逮捕、ビュシュラ・エルサンル教授近況
2011年11月29日付 Radikal 紙


先週、『素晴らしい』知らせを得た。ビュシュラ・エルサンル教授が刑務所へ招待してくれたのだ。私は誇りに思い、名前を記帳してバクルキョイ女性少年刑務所を訪れた。一緒に行った2人の友人と、車を刑務所向かいの駐車場に止めた。私は初めて師を、同僚を刑務所に訪ねた。私たちは普通、大学で会っているのだ。

少し心が痛んだ。周りには逮捕者の親族たち…。彼らの顔は不安げだった。母親たち、父親たち、1人の小さな女の子…彼女はおばに会いに来たらしかった。6歳のメレキ(「天使」の意)、名前のごとく天使のようだ。しばらくのち我々は中に呼ばれる。軍警察と刑務所職員はなかなか礼儀正しく振舞っており、皆ビュシュラ教授を知っており、敬っている。
まず身分証明書を提出した。男性はこちらへ、女性はあちらへ。我々は手早く検査を受け、ポケットは空にされた。検査室には2人ずつ通された。私は姉を訪問しに来たという8歳の可愛らしい子どもと一緒に入室した。職員は我々のポケットを空にさせた。子どものポケットからはたくさんの菓子が、私のポケットからはiPhoneが出てきた。職員が回収した。子どもは「どうして」というかのように見た。軍警察は子どもの頭をなで、「だめなんだよ」といった。禁止なのだ。菓子は棚にしまい込まれた。

中へ入る際には網膜スキャンが行われる。皆、機械に屈みこむ。機械が目をスキャンする。頭を合わせる必要があり、見た先の濃い色の鏡に自分の姿を見る。鏡の緑色の光が眉間の間で均等を取ったところで止まる。正しく行えばちょうど額に、眉の間に機械が1点の赤い光を点ける。狙撃されたかのようである。このテストを通過すると人間はともかく喜ぶ。フーコーのいった近代自制プロセスの状況である。人間は大人しく自分で自分の処刑者になっている。すべては非常にハイテクだ。
その後、中へ入る。前には分厚いガラス、その後ろに私たちが訪ねてきた逮捕者がいる。壁は無色で、いすは古い。刑務所の外にあった整然とした様子はここにはあまり無い。電話機を使って話すことになるのだが、電話はハイテクではない。受話器の接続は悪く、話している間、ケーブルを中に押しつけなければいけない。

ビュシュラ・エルサンル教授と話す。私たちは3か月前に初めて会った。学術上のある問題で。私がそのすべての著作を読み、尊敬する知識人だ。アフメト・ダウトオール外相についても状況は同じだ。彼らは以前何度も文通し、会っていた。また、設立した学部で教授になってくれるよう頼んでいた。最近の事件のあとは連絡を取らず、様子を尋ねもしなかったようだ。私たちは3人だった。ほかの友人はとても近しい人々だ。彼らの会話がもっと長く続くことは明らかだ。私は辺りを見回すことにした。他の家族たちを見ると、まだ若い女性達、18、19歳くらいだろう。厚いガラスの後ろにある机をはさんで愛する人々と話している。子どもが床に足を広げて、まったくかわいらしい恰好で座るものだが、何人かは、ガラスの前でそんなふうに子どものように座っていた。人は、「この人たちは子どもだよ」と考える。あそこの若者たちが逮捕されませんように。やせて背の高い、みな私の生徒くらいの年の学生たち…。心が痛む。実際隣の建物には13~14歳の子供もいるらしい。私はそこへは行けない。心が耐えられない。

その時、ある友人が私のそばに来た、後に彼がタクスィムでレゲエ・クラブを運営していると知った。「プナル・オウンチがラディカル紙で書いていた『小さなビュシュラ』が、あなたと話したがっている」と言う。「BDP(平和民主党)党員だったらよかった、そしたらこれほど悲しまなかったでしょう。私は党員ですらありません。彼らは出版関係の委員会を手伝っているからと、私をテロ容疑で逮捕したのです」と、「小さなビュシュラ」は言う。彼女の声は明瞭で、幸せで、力強い。悲しんでいるが、落ち込んではいない。BDPを支援したことを後悔してもいない。

刑務所は、皆を、家族を、逮捕された者たちを、より政治的にさせる。1であったのが1000になるのだ。私は他のある家族と話す。彼らの娘はとても若い。大学でプラカードの下にいるのを見られたそうで、9か月刑務所に入っている。父親は「警察はうちの娘をBDPの青年組織に所属しているといって逮捕した」といっているが、組織の名前も知らない。政治的ではない。トラキヤ出身者だ。しかし彼も政治的になっていた。今にもBDPに加わりそうである。

私はビュシュラ教授のそばに向かう。私はすこし落ち込んでいる。外にいる知り合い達、友人たちを思い出している。最近周囲の多くの人々は落ち込んでいる。心が塞ぎこんでいる。何とも言い難い感情がみなの心を塞いでいる。かつてはこんなふうではなかった。活動に加わっても、警察はそれを追いやるくらいのものだった。1~2日刑務所に入れられ、そのあと出されたものだった。プラカード1枚の下にいたからといってテロ容疑で2年も拘束されはしなかった。心の落ち込みはこのためだ。
ビュシュラ教授には「困ったこと」の「こ」の字もない。より若く見える。顔はいきいきしてきらきらしている。気力は完璧だ。皆へ笑顔を振りまいている。気分の落ち込みはゼロだ。「KCKが何か私は知りません。私たちは暴力に反対する人間です。

ここでは我々の思想のために人質にされました」と言う。これを言うときでさえ、心は落ち込んでいない。一人の人間を収容して力を奪ったと考えるかもしれないが、そうではない。力を与えているのだ。このため、KCKの逮捕は、より政治化した人員を生んでいる。明日はビュシュラ・エルサンル教授の誕生日だ。おめでとうございます。来年は、親友たちと、親族たちと、とても恋しくおもう学生達と、同僚達と一緒に祝えることを願います。

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( 翻訳者:吉岡春菜 )
( 記事ID:24694 )