伝統の一戦ガラタサライ vsフェネルバフチェ、2-2 引き分け
2012年03月17日付 Radikal 紙

カドゥキョイでのサッカーダービー戦、開始15分のカナリヤ(フェネルバフチェ)の2点先制は、「これまでにない新たな勝利の扉を開いた」と思われた。その後、ペースを掴んだアスラン(ガラタサライ)がまずは同点に追いつき、さらに延長4分、バロシュ選手がシュートを放ったが、ボールはゴールポストにあたり、(カドゥキョイでのガラタサライの勝利という)新たな歴史を刻むことはできなかった。

■バウシュ・エルテンの記録

かつてラディカル紙のスポーツ面を担当していたベンジャミン・ホーランド記者はつぎのように鋭く指摘する:「ダービーは同じ地域の2つのチーム同士の試合である。リバプール対マンチェルター・ユナイテッド、あるいはバルセロナ対レアルマドリッドのような試合は(互いのチームが)大きなライバル関係にあるため、ダービーともいえるが、フェネルバフチェ対ガラタサライのような試合こそ、ダービーという言葉に相応しい。2つの大陸に拠点を置き、それぞれの偉大なチームであり、最も成功をおさめた2つのクラブ、最も多くのファンをもつライバルなのだから」この指摘は間違ってはいないだろう。双方とも、独自の雰囲気をもち、対立は根深い。敵対心も深く、野望は大きい。そして最も重要なのは、(両者の間には、)感覚として目に見え、手に触れられるほどの緊張感があることだ。
スタンド席はダイナマイトのごとく興奮している。ボックス席ですら1時間前から満席になり、解放されたエネルギーは、トルコの閉塞感をひととき吹き飛ばすかのようだ。まだ試合が始まってもいないのに、そこには確かにダービーの空気がある。80年代から相変わらずのもみ合いもある。すでに陽は傾き、試合に向け空気が静かになっていく。プレス用のスタンド席も超満員だ。試合前の陽気な歌声が飛び交う。世界のダービーが始まる。しかしこれは決して娯楽ではない。どちらが勝つかは誰にもわからない。

■精神的な戦い

今季、両チームにはトルコ人監督がつき、しかもシーズン後半にもお互い対戦している。近年このような対戦が実現したのは、1980 年のトゥルガイ・シェレンとズィヤ・センギュルの両監督時代である。つまりこの点においても歴史が一つ刻まれることになるのだ。印象的な選手の名前も並んでいる。皆、試合を盛り上げる彼らのプレイを待ち望んでいるのである。しかし、もともとこれが精神的な戦いでもあるということはわかっている。
また、彼らがモウリーニョ監督やパットン将軍から多く学んだことということはよく知られている。
さて、前半戦開始前に最初の緊張の場面があった。4分で試合の興奮は一気に高まり、8分(ガラタサライの)メロ選手のシュートは弱弱しかったものの、すべての攻撃は敏速で、接触で相手のミスを誘った。この硬直を克服し、プレイに「流れ」をもちこもうと、10分、(フェネルバフチェの)ソウ選手が映画『勝利への脱出』のようなキックを放ち、1対0に。しかしこのゴールに鎮静剤としての効果はなかった。黄色と紺(フェネルバフチェ)のサポーターたちは、ディフェンスに戻るよう声をあげる。
そして13分、クリスティアン選手のシュートが一気に放たれる。その後15分、同選手がアレックス・スポーツ放送の画面上のクレジット表示上方からゴールを決めた(2対0)。
これはガラタサライにとって衝撃的な試合の幕開けとなった。27分、(ガラタサライ)エンギン選手が放ったシュートが、その後ペナルティエリア内の混乱を招き、ガラタサライは調子を戻し始める。36分、ガラタサライはネジャティ選手の絶妙なパスで、エルマンデル選手がゴールを決め、試合を新たな展開に持ち込んだ (2対1)。38分、さきほど素晴らしいパスを送ったネジャティ選手がヘディングを正確にきめると、カドゥキョイのスタジアムは静けさに包まれた。ゴールは決まらなかったものの、この静けさは、心配な雲行きの中、再び攻撃に転じろと命じているかのようであった。

■勝者の証

後半は引き続き「夕暮れの時間」のなかで始まった。
緊張がこの試合を印象付けた。すべてが普通に見えたとしても動悸は収まらない。いずれにせよスタンド席の心臓の止まりそうな状態はフィールドにまったく波及していない。していても、手足が思うように動かなくなるほど神経質にはなっていない。
もちろん一番緊張しているのはホームプレイヤーだろうが。
58分、エルマンデルの正確なヘディングが、ネジャティの頭上から入った。

アウェイメンバーが活気づくと、カドゥキョイのスタジアムを「不穏な空気」が支配した。
つぎに、監督らの采配に注目してみよう。まず(フェネルバフチェは)ストッフとセルチュクと交替し、エムレとアイドゥンが入った。その直後に、(ガラタサライは)テリム監督の指示でネジャティとバロシュによる攻撃が繰り出され、カードが一新された状況だ。最終局面では猛攻に2本のパスもつなげないフェネルバフチェがいた。ガラタサライは貪欲だ。しかしゴールを呼び込んだのは、その貪欲さだけではない。フェネルバフチェの機能しないプレイもその要因となった。重い不安の犠牲になったかたちだ。結果的には、82分、詰まったボールが(ガラタサライ)ハカン選手の前に転がり同選手がまっすぐ強力なシュートを決めた(2対2)。カドゥキョイのスタジアムは激しい落胆に襲われ、ガラタサライ側は歓喜に包まれた。このようにゴールを決め、試合をひっくり返すのはささいなことだろうか?あるいはダイレクトに返った最後のシュートが入っていれば…? 勝者の証とはこういうことだろう。異議のあるものは?

バロシュ選手は運命を変えることができなかった。延長4分セルチュクの蹴ったフリーキックで、ゴールポストに狙いを定めたバロシュ選手は、13年間、どこであ うとついてまわる「呪い」を断ち切ることはできなかった。同時に「1999年以降、アスランはカドゥキョイで勝てない」という言葉も、その存在を守ったことになる。カナリアのホーム無敗数はまた増え、38となった。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:原田星来 )
( 記事ID:25828 )