■エジプトを待ち受ける試練
2012年5月28日『アル=ハヤート』
【ガッサーン・シャルビル】
若者たちは画面に向かって、苦々しい思いをぶつけた。その苦々しい思いとは、エジプト大統領選挙の第一回投票の結果が彼らにもたらしたものである。彼らはタハリール広場から彼らの夢と、スローガン、そして拳を伝えた同じ画面に向かって語りかけた。選挙結果は彼らを困難、あるいは痛みをともなう選択の前に立たせた。その選択とは、中将か同胞団のどちらか、つまり、フスニー・ムバーラク時代に最後の首相を務めたアフマド・シャフィーク氏かムスリム同胞団の候補者ムハンマド・ムルスィー氏のどちらかというものだ。一回目の投票ではこの分極化を避ける機会が与えられ、多くの者はハムディーン・サッバーヒー氏かアブドゥルムヌイム・アブー・アル=フトゥーフ氏に向かい、他の者はアムル・ムーサー氏に向かった。しかし、投票箱はその判決を下した。エジプトは次の投票で選ばなければならない。将軍か、シャイフかを。もちろん二回目の投票への道が、いまだ波乱含みであるということは考慮しなければならない。
[革命の]最初の火花を散らした若者たちは夢想に足を取られた。これは革命の歴史上、珍しいことではない。彼らは、ムバーラク政権転覆は新しいエジプトの樹立を意味すると信じていた。つまり民主主義の、多党制の、透明性のあるエジプトになると信じていた。そしてまた、エジプトはすぐにでも時代に追いつき、フェイスブックやインターネット、ブログに彼らが書いたのと似た国になると信じていた。彼らは自分たちが、権威主義や、独裁、腐敗、自閉と他者の拒絶に対して、最初で最後となる一発を放ったと思い込んだ。そして抜本的で包括的な変革の時が始まったと思い込んだ。また誕生に備えて準備しているエジプトは、文明化した世界のあらゆる他の普通の国と似た国になり、新たな勢力に委ねられると思い込んでいた。
選挙結果を目の当たりにしたこの若者たちの困惑は、彼らがこれまで言ったり書いたりしてきた言葉の中に明らかに見てとれる。何が革命に起きたのか? 誰が革命を盗んだのか? エジプトは近いうちに第二の革命を必要としているのか? シャフィークはどこから百万票を持ってきて、ナセル主義民族主義者のハムディーン・サッバーヒー氏に勝ったのか? このような2極化を作ったのはなんだったのか? エジプトの深部で起きていることを理解せず、数百万の選挙民の選択を決する要因を理解していなかった責任はエリートたちにあるというのは本当だろうか? 彼らの中には、宗教的な要因がムルスィー氏に五百万票を与え、治安と安定への郷愁とともに宗教国家への恐れがシャフィーク氏におよそ同数の票を与えたと言う者もいる。[旧与党である]国民民主党の機構の生き残りについて語る者もいれば、軍の機構の根深い存在について語る者もいた。また、選挙戦の規模に比べて少なかった投票率のところで話をやめる者もいれば、ムルスィー氏が勝利したとしても、同胞団の公約を実行に移すことを彼に委任したことにはならないと注意を喚起した者もいる。また、初期段階では異なるカラーの人材の登用を余儀なくされるとしても、大統領職と議会と政府が一つの党の手中に握られるのは危険だと指摘した者もいる。
第一回目の投票結果を読むには、多くの要因に目を向ける事が必要である。その要因とは、宗教的要素、治安、過去の復活への恐れ、国の威信が崩れていくことへの恐れ、宗教国家がもたらすリスクへの恐れ、サラフィー主義者とリベラル主義者とコプト教徒たちの票がどう分配されたかなどである。
シャフィーク氏は、かつての状態への逆戻りを目指す候補ではないという安心感をばらまく必要がある。そして実際に彼はこの方向に向けた活動を始めた。ムルスィー氏は、安心感とポストをばらまく必要があり、すでに提案を始めている。これからの日々は、作戦と約束と誓約で溢れることだろう。どんなエジプトにどんな大統領が生まれるのかが判明するまで待たねばならない。それは本当に新しい試みだ。そしてまた困難な試みでもある。エジプトは治安と安定が必要であり、また困難な経済的決定も必要である。観光客と投資家を安心させる必要があるし、自身の利益とコミットメントの観点から地域的・国際的綱引きの中で自身の立場を定め直す必要がある。シャフィークのエジプトはムルスィー氏のエジプトとは違う。どんなエジプトにどんな大統領が生まれるかが分かった後も、エジプトの試練は続くだろう。大半の予想では、革命を引き起こした若者達は、この試練の後に誕生するエジプトのなかに、自分たちの居場所を見いだせないだろう。
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( 翻訳者:渡辺亜実 )
( 記事ID:26529 )