預言者は「全ムスリムがともにアラファト山に登った日は犠牲祭の前日で、その翌日が第1日目である」と言われた。ムスリムは一昨日(25日)アラファト山でこの命令を行う一方、我々はトルコで犠牲祭を行おうといっているが、それは間違っているのだ。
犠牲祭の日取りについて至福党(SP)から議論が沸き起こるような驚くべき発言があった。有力なSP党員であるオウズハン・アスィルチュルク氏は、トルコでは犠牲祭が誤った日にちから始まっていると主張し、昨日、SP党のグループと共にSP党の庭にあるハミディエ・モスクで犠牲祭の礼拝を行った。アスィルチュルクは、「規則は宗教庁ではなく預言者が決めたのです。預言者が決めた規則に宗教庁も従うのです」と述べた。彼は昨日犠牲獣を屠ったのだが、初日に屠殺された犠牲獣は犠牲ではなくて喜捨であると主張した。アスィルチュルクの主張は次の通り:
■礼拝とはみなされない
「『預言者は、全ムスリムがともにアラファト山に登った日は犠牲祭の前日で、その翌日が第1日目である』と言われました。ムスリムは昨日(一昨日)アラファト山でこの命令を実行する一方、我々もトルコで彼らが何を行っていようと構わない、犠牲祭を行おうといいますが、それは間違っているのです。国はこれを主張しなければなりません。トルコはイスラム国家ではなく政教分離の国です。我々は信仰の要求に合わせました。誰にも圧力をかけていません、ただムスリムとして正しいのはこちらなのです。我々はこちらを採用し、従うかどうかはあなた方が決めてくださいといっているのです。(初日に屠られた犠牲獣は)イスラム教によれば犠牲ではなく喜捨です。あちこちに与えることは助けになりえます、善行にもなります。しかし犠牲ではありません。なぜならば犠牲とは、アラファト山のあとにアッラーのために屠られたものの名だからです。
<後略>
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( 翻訳者:富田祐子 )
( 記事ID:28040 )