左派学生運動のシンボル、デニズ・ゲズミシュら、国会で追悼
2013年05月07日付 Radikal 紙


左派学生運動の中心人物であったデニズ・ゲズミシュ、ヒュセイン・イナン、ユスフ・アルスランの死後41年目の追悼が、彼らの処刑が可決されたトルコ大国民議会(TBMM)本会議にて行われた。

共和人民党(CHP)のアリ・リザ・オズチュルク議員は議会本会議で、デニズ・ゲズミシュ、ヒュセイン・イナンとユスフ・アスランが41年前(1972年)に処刑された件についての予定外のスピーチを行い、「当時この国会で行われた議論で、何名かの国会議員がこの事件を祖国解放運動ととらえ、デニズ・ゲズミシュ、ユスフ・アスラン、ヒュセイン・イナンの死刑に賛成した」と述べた。オズチュルク議員は、デニズ・ゲズミシュとその仲間達の「真の目的が何であったのかを彼ら自身の口から聞く必要がある」と主張した。議員はデニズ・ゲズミシュが裁判で行った弁論からの抜粋と、ナーズム・ヒクメトの詩を一遍読み、そしてユスフ・アスランが死刑台で述べた最期の言葉を添えてスピーチを終えた。

■平和民主党(BDP)のサクック議員:デニズの精神を汚した

BDPのスッル・サクック議員はというと、「ゲズミシュ、イナンとアルスランは国民同士の友好のために運動を行った」と語り、「デニズ、ヒュセイン、ユスフ達は死刑台に向かう時、トルコについて『トルコ国民の、クルドとトルコ国民の友好に万歳』と述べていた。彼は単なるひとりのトルコ人革命家ではなかった。トルコに住む全ての国民にとっての革命家であった、国民のために闘った3人の英雄であった」と述べた。サクック議員はデニズ・ゲズミシュが死刑台で言った最期の言葉が「クルド人とトルコ人の友好に万歳」であることを伝え、「41年の月日が流れた。今日、その精神がこの地で共に守り続けられるように我々は努力をしていく。だが当時、デニズの仲間であったのにもかかわらず、今日デニズ達の精神と反対の意を唱える者は、ナショナリズムを提唱しデニズの名を使ってデニズ、ユスフ、そしてヒュセインの精神を汚している」と述べた。

BDPのイドリス・バルケン会派副代表は「デニズ達を死刑台へ送った記憶と向き合う言葉をここで再度国民に述べたい。我が国の歴史の汚点として残るこの処刑であるが、その歴史の恥を雪ぐ役目もまたここ国会にあることを認識してもらいたいと思う」と述べた。
一方、CHPのアイクト・エルドードゥ議員は、5月は国を愛する国民にとっては悲しみの月であると語りながら「偉大なデニズの死刑台での言葉、「国民の友好に万歳、完全に独立したトルコに万歳」は我々にとってのスローガンである。私は亡くなったシナン・ジェムギル、ウラシュ・バルダクチュ、マヒル・チャヤン、アルプアスラン・オズドアンのような、国民のために亡くなった革命家達のことも、敬意を持って追悼する」と述べた。

公正発展党(AKP)のビュレント・トゥラン議員は「デニズ・ゲズミシュの死刑判決には共和人民党議員の票が入っていた」との発言は、本会議で議論を引き起こした。

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( 翻訳者:小幡あい )
( 記事ID:29893 )