焼けただれた心:酸かけ犯への刑罰をめぐる問題を考える(上)
2014年01月14日付 Iran 紙
【サマーネ・シャフバーズ】〔人の顔に〕酸をふりかける行為は、最も凶悪で最も恐ろしい犯罪行為の一つである。この犯罪の被害者の中には、しばしば次のように訴える者たちがいる。「死んでしまえば、苦しまずにすんだのに」。
彼女たち/彼らは、毎日生き死にを繰り返していると感じている。彼女たち/彼らは事件のあった日の悪夢を再び味わうことになるのではないかとの恐怖から、目を閉じることができない。
酸かけ犯罪の被害者たちの苦しみを癒す唯一の薬は、彼女たち/彼らの人生をめちゃくちゃにした犯人が逮捕され、罰を受けることである。こうした事件の被害者たちの多くはしっかりとした心の持ち主だが、しかし〔治療を受けるために〕病院に足繁く通い、酸かけ犯への刑罰を求めるために検察庁を何度も訪れ、犯罪者の姿を見ることは、苦しみに喘ぐ彼女たち/彼らの心をさらに傷つけている。
その一方で、罪を犯した側は謝罪して罪を償おうとするどころか、自分たちにこそ理があるといった顔つきで、あたかも自分が訴える側であるかのように、予審判事の部屋に入り、ちゃんちゃらおかしな理由を付けて自己正当化するケースが多い。彼らはなるべく早く無罪放免となって、社会復帰することに期待しているのである。
こうした犯罪者が被害者面をして社会や国の責任者らの感情に訴え、罪を逃れて家族の元に帰ろうなどと企てているケースすらある。
弁護士・法律専門家のアブドッサマド・ホッラムシャーヒー氏はこのことについて、次のように述べている。
残念なことに、酸かけ犯罪は近年増加を見せており、珍しいことではなくなっている。こうした犯罪が発生するのは、〔犯罪を取り締まる〕毅然とした法律がないこと、そしてキサース刑(同害報復刑)を実行するにあたってさまざまな困難が存在することに起因するように思われる。酸かけ行為に関する単一条項法が可決されたのは1337年〔1958年〕のことだが、当時、酸かけ行為はさほど起きてはいなかった。この法律では、犠牲者を伴うような酸かけ行為を犯した者への刑罰は死刑で、一部のケースに対しては終身刑も用意されていた。
ホッラムシャーヒー氏はその上で、「革命後、イスラーム刑法が制定され、〔傷害や殺人といった犯罪に対しては〕キサース刑が下されるようになった。しかし、実際にどのようにキサース刑を行うのかをめぐってさまざまな困難が生じたため、これまで酸かけ行為に対してキサース刑の判決が執行されたことはないのである」と指摘する。
本記事は
Asahi 中東マガジンでも紹介されています。
つづく
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( 翻訳者:ペルシア語記事翻訳班 )
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