ギュレン教団の指導者フェトゥフッラー・ギュレンの生まれ故郷であるエルズルムのパスィンレル郡コルジュク村では、民族主義者行動党(MHP)が公正発展党(AKP)から逃げ切った。
エルズルムのパスィンレル郡コルジュク村で1941年4月27日に生まれたフェトゥフッラー・ギュレンとレジェプ・タイイプ・エルドアン首相の間の確執は、票のゆくえに影響を与えた。地方選の前にMHPの旗がはためいていたコルジュク村では、パスィンレル郡の自治体長選で、MHPに194票、AKPに40票が入った。エルズルム広域市市長選でも、コルジュク村からはMHPに201票、AKPには36票が入った。
この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る
( 翻訳者:星井菜月 )
( 記事ID:33365 )