イスラエル・パレスチナ:分離壁によって引き裂かれるパレスチナ人家族
2014年05月10日付 al-Hayat 紙


■イスラエルの分離壁により引き裂かれたパレスチナ人家族

【ヒズマー(ヨルダン川西岸):ムハンマド・ユーニス】

アフマド・ハティーブ氏(45歳)は、占領地エルサレムの東部に位置するヒズマー村の一角にある家で生まれ育った。しかし、イスラエルの分離壁が建設されたことで、彼の生家はエルサレム市の境界線の内側に取り込まれ、彼の家族は家を奪われる羽目になった。家族は皆、(エルサレム居住権を示す)ユダヤ人のエルサレムIDカードを所有していないため、ヒズマー村の西岸地区に該当する区域に住まなければならなくなったのだ。

これに対し、アフマド氏の家族はイスラエル当局を相手取って提訴した。その後、当局はアフマド氏一家が軍の検問所を通り元の家に戻ることを許可したが、その二年後、当局は彼が家に行くことを許可せず、そのせいで家族はバラバラになってしまった。

イスラエルが西岸に分離壁を建設し始めたのは2002年のことだ。そして、2008年に分離壁で囲まれた地域が東エルサレム市として成立した。ハティーブ氏の家族は、自分たちが分離壁の裏側に追いやられたとして、その時に(壁ができる前に住んでいた)家に自分たちがアクセスできることを認めるよう要求するため、イスラエル国内裁判所に提訴した。アフマド氏は、イスラエル当局は家族全員に家にアクセスする許可を与えることに同意したが、2010年にその特別許可を停止させたと述べた。曰く、「治安上の理由」からだという。

分離壁はヒズマー村の中を5kmに渡って続く形で建設されており、村はそれによって二分されている。ヒズマー村の村議会議長を務めるムワッフィク・ハティーブ氏は、イスラエル人は住民がいなくなり空っぽになったこの地を吸収し支配しようとしていると述べ、現に村の全土地1万8,000エーカーの内4,000エーカーは壁の向こう側に吸収されたと指摘した。アフマド・ハティーブ氏の一家を含む3つの家族だけが、壁の裏側にあるこの土地に住んでいる。

イスラエルの国内裁判所の決定は、アフマド氏が壁の裏側にある家に戻り家族と共に暮らすことは許さないというものだった。アフマド氏は、そのとき彼の家族は困難な選択を迫られたと述べた。すなわち、家族が離ればなれになるか、それとも家をあきらめるか、という二択だ。これについて、アフマド氏は以下のように述べた。「私たちに二つの選択肢が用意されました。一つは家族が家をあきらめ皆で村に別の家を構えて暮らすことです。しかし、そうした場合、おそらくその家は(シオニストによる)破壊・収奪の対象にされることが予想されました。もう一つは、家族がこれまでの家に留まり、私一人が家族と離れて村で暮らし、皆で家を守るという選択でした」

(後略)



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:辰巳新 )
( 記事ID:33827 )