パレスチナ:エルサレムでパレスチナ人青年殺害さる、遺体に拷問の痕跡
2014年07月03日付 al-Hayat紙

■エルサレムでパレスチナ人青年殺害さる、遺体に拷問の痕跡

【ラマッラー:ムハンマド・ユーニス;ナザレ:アスアド・タルハミー】

パレスチナ自治政府大統領マフムード・アッバースはイスラエル政府に対して、「パレスチナ・イスラエル両国民間の平和を真に望むならば、パレスチナ人の青年ムハンマド・アブー・フダイル(16歳)の殺害者たちに重い刑罰を下すよう」求めた。また自治政府当局は「イスラエル人の集団的犯罪行為からパレスチナ人民を保護するため国際諸機関と提携していく」意向を明らかにした。一方イスラエル占領下東エルサレムのシャウファート地区では、パレスチナ人とイスラエル軍の間に激しい衝突が勃発し、数十人のパレスチナ人が負傷するとともに、衝突現場で取材中のパレスチナ人男性ジャーナリスト2人とイスラエル人女性ジャーナリスト1人も負傷した。

ところで、シャウファート地区に据えられた監視カメラが、2人のイスラエル人入植者が車から降りてアブー・フダイル青年に近づき、暴力的に彼に掴みかかるや車内に押し込み、車はその場から急発進する様子を捉えていた。その後青年の遺体は、東エルサレムの廃墟となったダイル・ヤースィーン村(※)の森の中で発見された。遺体にある拷問の痕跡からして、青年は残酷な手口によって殺害された。

遺族の話によると、入植者らが青年を捕えて誘拐しそのままラームート入植地方面へ車で逃走した時、彼は夜明けの礼拝のためモスクに向っているところだった。

(後略)

(※訳注:イスラエル建国直前の1948年4月、シオニスト地下組織が起こした「ダイル・ヤースィーン村虐殺事件」で多くの村民が虐殺され、残りは脱出して村は無人化した。イスラエル建国後に廃墟となった村の跡地の一部は精神病院として利用された。)



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:西村早奈恵)
(記事ID:34552)