マルディンで倉庫として使用されていたモル・ユハンナ(ヨハネス・クリュソストモス)・シリア正教会が競売に出されたことを弊紙(ラディカル紙)が報じた。教会が競売に出されることについて街で生活するシリア正教徒たちは反発を見せた。
モル・ユハンナ・シリア正教会はマルディンで長年倉庫として使用され、築1700年であることがわかっている。文化観光省も文化財として登録されているこの教会が競売に出されることに、街で生活するシリア正教徒が反発を見せた。教会の権利証書を所有しているイブラヒム・アイジュン氏が不動産業者を通じて教会を競売に出したことを、弊紙が報じた。モル・ユハンナ・シリア正教会はマルディン市のテケル街区アクン通りに位置し、長年倉庫として使用されてきたが、権利証書を所有しているイブラヒム・アイジュン氏によって不動産業者を介して1250万トルコリラ(約5億8千300万円)で競売に出された。イブラヒム・アイジュン氏は父親がこの建物を倉庫やオフィスとして購入し、父親から遺産として相続したと説明した。マルディンで2009年までに登録された教会の数は8件で、この建物と合わせて9件になる。あるインターネットサイトでこの歴史的教会の競売に関し掲載された告知には「分譲登記権利証」とのフレーズが使われていた。
■シリア正教徒からの反発
マルディンで生活するシリア正教徒たちは教会が競売に出されたことに対し反発を見せた。マルディンのシリア正教会の代表者の一人であるガブリエル・アクユズ主教は、教会がインターネット上の告知で競売に出されるなど考えられないことであり、強い悲しみを抱いていることを述べ、「我々が彼と以前会った際には『我々に教会を譲渡して、ここに修道院や教会を作る代わりにマルディンの文化観光を振興させましょう、修復しましょう』と話しましたが、彼は同意しませんでした。残念ながら我々は彼を説得することは出来ませんでした。『あなたの代わりに我々がこの寄付を受け入れましょう、死者たちのために、告知を出しましょう。皆に知れ渡るように』と彼に提案したのですが、彼はやはり受け入れませんでした。今日彼がこの教会をインターネット上で競売に出したことを知ってとても悲しいです。彼がそこで提示している金額は現実的ではありません。これはマルディンにはふさわしくありません。あれは一つの文化財であり、ディヤルバクル文化自然遺産保護地域総局のその文化財としての登録に関する決定文書があります。このようなことはあってはなりません。この教会が我々に譲渡されることを望んでいます。我々にはこれを購入するためのお金も財源もありません。提示された金額も非論理的なものです。権利証書があるので誰かが買うことはできますが、これは正しくはありません」と話した。
■「我々には購入するような力は無い」
アクユズ氏はこの教会は1700年の歴史があるため、シリア正教会にとっては特別重要であることを話し、「この男性の手にこの建物の権利証書があったとしてもそこは教会なのです、歴史的な建築物なのです。教会は歴史ある文化財として登録されていました。その時倉庫として使用されることには我々は反対しませんでした。しかし教会が売られてその目的以外の形で使用されることは認められるべきではありません。我々の確証するところでは、教会は4世紀に建てられたものです。教会内には我々の精神的指導者たちの墓があり、我々にとって宗教的、精神的価値が非常に高いのが、モル・ユハンナ教会なのです。以前権利証書を持っている人物と接触し、我々にとっての重要性を話しました。彼は我々が購入するよう提案しましたが、しかしそれほどの金額を支払うだけの力や、財源は我々にはありません。いくつかの法的手続きをとりましたが、結果は得られませんでした。残念ながら、我々の教会がすでに私有財産であるため法的手段はとれないと言われています」と述べた。
■「彼らは神の家をどうやって競売に出すというのか?」
告知で教会を、権利証書があるからといって競売に出すことに反発するシリア正教会のスプヒ・ヒンディイェルリ氏は、世界では起こりえないようなことがマルディンで起きたと述べた。ヒンディイェルリ氏は「世界でも教会は売り出されませんし、売り出されるべきではありません。彼は我々の教会を長年無料の形で使用しています。彼は賃料を払うこともなく無料で居座っています。我々は彼からの賃料を望んではいません。彼は今、シリア正教徒たちに属している教会を、すなわち神の家を競売に出しているのです。未だかつて神の家が競売に出されることがありましたか?適切な値段を付けたのならば、おそらく正教会として我々自身で、彼に助力をしたというのに。しかし提示された値段は青ざめるようなものでした」と述べた。
■歴史的教会
マルディンで競売に出されたモル・ユハンナ・シリア正教会について出された告知にはマルディン県知事府保護検査局で職務に就いている芸術史学者で、サバンジュ・マルディン都市博物館長のガーニー・タルカン氏が行った発表が追加された。発表では教会について以下のような見解が述べられていた。
「マルディンで長年倉庫として使用されてきて、5世紀に建設されたと推測される建物が教会であると確定した。ここには主教たちの墓があり、教会内にある門の1つはデイルルザファラン修道院に運ばれ、もう1つの門は城に持ち出されたといわれている。建物はおよそ400平方メートルの敷地を有し、高さはおよそ15mである。なぜならここに主教たちの墓があるからだ。ここはご存じのように古典的な教会で、碑文はないものの建物の装飾的特徴、建物独特の特色から、地域の建築との類似性まで考慮し、建物は4、5、6世紀に建てられたものだろうと我々は推測している。この教会に似た建物で、碑文があるものは4-5世紀に建設されたとわかっている。それらには碑文がある。似た例としては、サヴルのディレイチ村のモル・ヨハンネ教会があり、同様にデイルルザファラン修道院内の「聖人たちの家」にもこの教会との類似性が見られる。ヌサイビンのモル・ヤクプ教会には、この教会に似た装飾的特徴がある。壁石の積み方が同じで、建築物としての計画概要も同じである。モル・ヤクプ教会に門もよく似ている。主教たちの墓もデイルルザファン修道院の墓と同じ特色を持っている。アプスがまだ中央に位置している。当時はキリスト教徒たちによって使われていた。当時の特徴もある。特に、横に並ぶ3つの墓があるが、その墓上の装飾的特徴を見れば、セルジューク期の特徴を見つけることが出来る。イスラム時代の装飾的特徴もある。この他に巨大な石がある。このブロックの石材は建物がビザンツ時代初期か、ローマ時代初期に建てられたものであることを示している。建物は複合様式で建てられていて、1つの時代に建てられたものではない。すなわち異なる時代に修復されたということだ。モスクとしても使われたことがある。南側にミフラーブがあり、ご存じのように教会には南向きのミフラーブはない。ミフラーブが残っていることは、ここが一時期モスクとして使われたことを我々に示している。」
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( 翻訳者:伊藤梓子 )
( 記事ID:38132 )