イラン政府はサウジによる「時間つぶし」戦術を追及せよ(1)
2015年09月29日付 Jam-e Jam 紙


【ジャーメジャ・ジャム紙1面:元外務報道官・領事問題担当次官ハミードレザー・アーセフィー博士】 

 メッカの惨事と、ミナーでの「ジャムラの投石」〔※〕の儀式でミナーの地で流さされた清き血は、現代ではほとんど前代未聞、あるいはごく稀であると言っていいだろう。この痛ましい事件のもつ意味はあまりに大きく、域内・域外のほぼ全てのメディアを席巻している。

※訳注:巡礼(ハッジ)で4つめの儀礼として行われる行為。ハッジはまず巡礼衣に着替えて、巡礼月7日までに1.カアバ神殿を巡回する(タワーフ)、2.サファーとマルワという二つの丘の間を早駆けする(サアイ)、3.巡礼月8日にメッカからアラファートに移動し、9日にラマラ山で立礼をする(ウクーフ)、4.巡礼月10日にアラファートからミナーに移動し、7つの石を石柱(ジャムラ)に投げつけ「悪魔払い」をする、5.動物を屠る「犠牲祭」をする。これらの5つ儀礼を行い、ハッジは終了する。

 この痛ましい事件で何よりも衝撃的で、受け入れがたいのは、サウジの政府関係者たちの無責任であり、彼らが諸々の責任及び義務を受け入れようとしていないことである。この事件での無為無策と杜撰な管理は明明白白であり、通常こうした話題を優先的には扱わない西洋のメディアさえも、サウジアラビア政府に批判の矛先を向けているほどだ。インディペンデント紙はその中の一つである。

 残念なことに、サウジ政府はこの惨事の犠牲者遺族への弔意や負傷者への同情を示して、お悔やみ〔や回復を祈る〕メッセージを表明する代わりに、責任転嫁や言い逃れに終始して、運命や天命あるいは神意について口にしている〔※〕。

※訳注:サウジの保健相が事故直後に、事故の原因は巡礼者たちが当局の指示に従わなかったことにあると指摘した上で、「いずれにせよこれは神の下した運命だった」と述べ、さらにワッハーブ派のムフティー(法学者)でサウジの「ウラマー会議の委員長」を務めるシャイフ・アブドゥルアズィーズ・ビン・アブドゥッラー・アール・シャイフも人間にはどうすることもできない「運命」だったと述べたことを指す。

つづく


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( 翻訳者:SK )
( 記事ID:38872 )