コラム:米大統領候補トランプの発言から学ぶべきこと
2015年12月16日付 Al-Ahram 紙

■ライラ・ムラードは嫌いですか?

【サミール・シャッハート】

まともなエジプト人が、あのシルクのような声を持つライラ・ムラード(訳注:1995年没、エジプトを代表する大物の女優かつ歌手)を嫌うなどということがあり得ようか。ただ彼女がユダヤ教徒として生まれたというだけの理由で。それはあり得ない。

アメリカの大統領候補であるドナルド・トランプは選挙戦において、最近、イスラム教徒に対するおぞましい発言をしたが、彼を非難する前に、我々は正直に、こう自問し、率直に答えなければならない。この地上に存在する一人のユダヤ教徒の人間を、ユダヤ教徒であるというだけの理由で嫌うことはあるか。それともパレスチナ人の土地を奪い、さらにわれらの同胞であるパレスチナ人を世界各地に離散させたシオニストのイスラエル人を嫌うのか。

もしもあなたの答えが、「はい、私はユダヤ教を信じているという理由だけで、あらゆるユダヤ教徒(そのなかにはライラ・ムラードがいる!)を嫌悪します」であるとすれば、すなわちそれはトランプと大して変わらないということだ。それどころか、実際、イデオロギーとしては同じ船に乗っていることになる。

もし答えが、「私はユダヤ教徒一切を嫌っているのではない。そうではなく、パレスチナ人を抑圧し彼らの権利を奪う者を嫌うのだ」であるとすれば、その時あなたは、トランプ、彼に倣う者、そして彼の取り巻きを非難する権利を持つことになる。

トランプは非難を浴びせられるような、いったい何を語ったのか。彼はこう言った。アメリカ人は、イスラム教徒のアメリカ人(アメリカ人、という点に注意しよう!)を警戒しなければならない。アメリカ合衆国から追放しなければならない。ほかの国からいかなるイスラム教徒が入ることも禁止すると。

トランプの発言に対して、ユダヤ教徒たちはどう反応したのだろうか。(訳注:ユダヤ教徒である)フェイスブックの開設者であるマーク・ザッカーバーグはトランプに猛攻撃を仕掛け、激しい非難の言葉を浴びせた。

その重要性をかんがみ、ザッカーバーグが語ったことばを一つ一つ見ていくことにしよう。彼はこう語った。私たちの社会(つまりアメリカのことだ)のなかのイスラム教徒をサポートするすべての声に私の声を加える。イスラム教徒たちが、他人が犯した仕業のせいで、今経験している迫害のためにどれほどの恐怖を覚えているか、それは想像することすらできない。さらに、彼は自分のフェイスブック上でこう付け加えた。(ユダヤ教徒として)私の両親は、いかなるコミュニティーに対する攻撃であっても、そうした攻撃に対して抵抗するよう私に教えた。今日、その攻撃はあなたに向けられていなくても、あなたは安全ではない。明日には、それはあなたに向けられる。なぜなら一人の人間に対する攻撃はすべての人間を傷つけることになるからだと。

ザッカーバーグのことばをわざわざそのまま引用したのは、そこからいくつかの結論を引き出すためである。第一に、我々は宗教が異なるという理由だけで、一人の人間に嫌悪を向けてはならない。なぜなら宗教は結局のところ、万有の主である神に属するものだからである。「またあなたの主の御心ならば,かれは人びとを一つのウンマになされたであろう。」(訳注 :コーラン「フード」章118節)とコーランにはある。そこから言えるのは、異なる宗教に属する人がもしもあなたを害せず、あなたの生命、名誉、土地、財産を守るのであれば、その人を見境なく嫌うのは理にかなっていないということである。そんなことをしたら、あなたは完全にトランプのような愚か者ということになってしまう。

では、別の人が自分はあなたと同じ宗教だと言っているとしよう。しかしその人はサディスティックなテロリストで、攻撃的で狂信的であり、流血を好み、白昼公然と人を殺す。私はその人のことを、イスラム教徒だと言っていることだけを理由に好きになりはするだろうか。イスラムとは、平和と愛と繁栄の宗教ではないのか。我々イスラム教徒は「あなたのうえに平安あれ」という言い方であいさつをするのではないのか。

第二に、金目当てで動く日和見主義者たちは、自分たちの利益を追い求め、善良で素朴な人々の精神をもてあそぶ。善良なる民衆の精神を支配すべく、宗教というカードを使うのだ。意識が高く、知恵を持ち、真の敬虔さを備えた理性ある人々に求められているのは、こうした不正を行う者たちに目を光らせておくことである。彼らの嘘と安っぽい策略を暴くために。

第三に、誰が唱えるものであろうとも、嫌悪、暴力、破壊への呼びかけは、我々がそれ以上ないほどの決然たる態度と意志によって押しとどめ、論駁し、正体を暴かなければならない。そうでなければ、いかなる宗教、いかなる集団のものであれ、狂信主義者たち卑劣な目的が達成されてしまうだろう。

いずれにせよ、トランプに関していえば、彼のあの嫌悪すべき発言により、選挙が始まる前に、すでに選挙における敗北に至ったと見ることができる。その理由は彼がイスラム教徒を差別し、卑しめたということだけではなく、アメリカ社会は元来、地球上のすべての人種で構成されており、すべての宗教を包摂している、いやいかなる宗教も信じないという人をも包摂しているからである。だから、おろかなトランプの呼びかけは、(彼がその支配者となろうと欲している)アメリカという国の倫理的な基盤をその核心において打ち壊すものとなるのだ。こうして彼は全包囲から非難を浴びることになる。

次は我々のもとにいる嫌悪を呼びかける人々だ。我々は彼らに対して、決然と対してきただろうか。

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( 翻訳者:八木久美子 )
( 記事ID:39398 )