エルドアン・ダヴトオール対立の政治危機、知られざる側面
2016年05月08日付 Hurriyet 紙
アフメト・ダヴトオール首相が公正発展党の党首の座を、ひいては首相の座を降りる原因となった多くの対立が、世間で取り沙汰されている。
これに対し、アンカラの舞台裏では、大統領府と首相府の間の軋轢には、ずっと以前から表沙汰にならなかった、とてもデリケートな問題があったとされている。
御存じのように、2001年の通貨危機の後、厳格な財政規律が適用され、国庫による保証という考えは過去のものとなった。しかし、世界的な経済縮小の時代に、何十億ドルもの計画を担う企業が、融資や資金調達の面で困難を抱えることになったため、2014年4月以降、10億ドルを超える計画には国庫からの100パーセントの保証が実施されることになった。
こうして、費用の合計が何百億ドルにもなる計画――第三空港、ボスフォラス第三橋、ヨーロッパ側とアジア側を結ぶ海底トンネル、イスタンブル運河、イズミト湾大橋、保健省による14県で15の公立病院設立など――で莫大な出資を担う企業は、借入費用や資金調達の多様性という点で重要な保証を手にしたのである。
ベテランのネシェ・カランフィル経済特派員が得た情報によれば、ダヴトオール首相は、過去数週間の間にこの件で、大統領の全体的なアプローチと対立したとされる。
これによると、脆弱な経済状況を原因とした破滅を憂慮していたダヴトオール首相と経済指導部は、国庫への負担を軽減するために、巨大プロジェクトの保証額を100パーセントから80パーセントに引き下げたがっていたようだ。それどころか首相は実際に、約1か月前に行われた閣議で、この件について何らかの取り組みを行うよう関係する諸大臣に要求していたという...。
だが、この指示が急速に人びとの間で広まると、そのような変更は巨大プロジェクトを予定通りに完了させる妨げになり得る、コストを上昇させることになる、という見方をする周囲の人々が行動を起こした。
結果として、大統領府にまで繋がる一連のメカニズムが機能したことで、政府内の一部である財務省が作業を開始し、実際その必要性もあると思われる「保証率20パーセント減」構想に対し、ブレーキがかかったのだ..。
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( 翻訳者:粕川葵 )
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