我々そしてトルコ:トルコに対するエジプトの態度
2016年07月20日付 Al-Ahram 紙

■我々、そしてトルコ

【ジャマール・ザーイダ】

トルコの広場を支配したのは民主主義の風でもなく、軍に対する民衆の勝利でもない。エルドアンは民間人と軍人の暗殺、裁判官と士官の拘束、そして軍部から指導層と下級士官を一掃することを望んだのだ。

組織の再建という名目で何千人もの警察官を粛正することで、トルコは前例のない事態に入るだろう。そしてそれはトルコ軍に、その地位に、そして内外の挑戦を迎え撃つその能力に反映するだろう。

事態を包むのは不明瞭さだ。これはクーデター未遂なのか。それともトルコを弱体化させ、EUおよびアメリカの言いなりにさせるべく、入念に計画された広範な作戦なのか。

シリア難民危機に対するエルドアンの行動は、まさに恐喝だった。彼が求めたのは、30億ユーロ(の支援)とトルコ国民に対するシェンゲン圏内へのビザの無料化だ。エルドアンはワシントンとも緊張関係にある。さらに、エルドアンはクルド人とも対立している。

ソーシャルメディアでエルドアンを笑いものにするエジプト国民、そして(国連)安保理でのトルコに関する決議の際にエジプトがとった態度(註1)について言うと、前者は人々が示すものでそれにはさまざまな理由がある。そして後者は公式なもので、憲法という伝統を固持するものである(註2)。

問題は一朝一夕には片付かず、エルドアンは国内の紛争のなかで溺死するだろう。そしてイラクとシリアにおけるISのテロを支援する自らの姿勢を前にして潰れていくだろう。

我々は、留飲を下げることで、あるいは敵意をむき出しにすることで、利益を得ようとはしない。そうではなく、エジプト国民とエジプトという国家の利益を守るような、現実的でプラグマティックな言説をもってそうするのだ。


*註1:国連安保理がトルコのクーデター反乱部隊の暴力への非難を決議しようとした際、エジプトがこれに反対し文言に修正を求めた。

*註2:エジプトは「民主的に選ばれた政府」の尊重ではなく、「民主的かつ立憲的な原則と法の支配」の尊重という表現を主張した。

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( 翻訳者:八木久美子 )
( 記事ID:40916 )