ギュレン教団増長の道を開いたのは「民営化」―ペトキム石油会社の場合
2016年08月02日付 Cumhuriyet 紙
元石油産業組合の組合長であったオズタシュクン氏によればフェトフッラー系テロ組織(FETÖ)に対する一斉捜査が続いているペトキム社において私有化後、教団の影響が増した。
ペトキム社社長のサデッティン・コルクト氏が先週拘束されて行われた取り調べと調査の結果、フェトフッラー系テロ組織(FETÖ)がペトキムでも影響を持っていたことが確認された。
イズミル警察局の警官が1日の朝行った捜査で、逮捕決定が出されている31人のうち16人が拘束された。
■従業員はフェトフッラー系で溢れていた
石油産業組合の元組合長のムスタファ・オズタシュクン氏は、ぺトキムが私有化されたことは、国にも社会にも利益にならないという評価が3 日の状況でより明確に理解できるだろうと強調した。私有化された後、石油化学工業界で実績のある人々の代わりに、専門家でない教団のような組織に属する従業員で溢れたことを明らかにしつつ、「この組織化は、ペトキムで宿舎の割り振りにまで明確な役割を担った」と言った。
私有化以前にアリアーやトルコ国内の多くの場所で(労働者らによる)抗議活動が行われたが、行政裁判所の「売却は公共の利益にならない」という見解は見過ごされた。ペトキムは今、フェットフッラーギュレン教団に対する捜査とともに注目されている。
■能力を基準としなかった
オズタシュクン氏は、ペトキムを買収したソジャルグループが、譲渡成立から今日までの過程で能力を基準とせずに幹部や従業員に権限を与えて生きたと言及しながら、次のように言った。
「仕事を知り、この業界で自身を成長させ実績のある石油化学業者の代わりに、仕事に慣れておらず政治的意味で今日私たちに対立している教団のような組織のもとで幹部が決められた結果、社はかなり脆弱となった。雇用でも昇進でも教団が身元保証として使用されていた。教団は経営陣の決定から、監督責任のある立場の従業員の任命、さらに、宿舎の割り当てに至るまで明確な役割を担った。12月 17日~25日の贈収賄一斉捜査の後に設立されたパク石油産業組合の総本部もイズミルにあった。これを、我々は、ペトキムにおける教団勢力をイズミルに置くことだと考えている。ペトキムの新規従業員募集に、長い間異議を唱えていた。過去8~10年を振り返ると、採用された人たちがイズミルの外から来ていることがとてもはっきりと分かる。長年に渡ってこの異議と懸念を明らかにしてきた。私有化されてから後、教団の影響はさらに増した。」
一方で、同社のコーポレートコミュニケーション部責任者であるセルカン・アクスイェック氏は、7月31日付で離職していることが分かった。
■バラバラに売却された
ペトキムは、1965年にトルコ石油共同社(TAPO)の主導で設立された。ペトキムの2番目の複合会社のアリアーは、1985年に営業を始めた。ペトキムは1987年に初めて私有化したが、2003年に行われた入札はキャンセルされた。会社の34.5%の株を2005年4月に国民に公開した。2007年 7月5日に行われたペトキムの51%の株が私有化されることに関する落札で最も高値を付けたのはトランスセントラルアジア合同グループであったが、20億4千万ドルの2番目に高値を付けたソジャルトゥルジャスインジャズ合同グループと契約を交わした。会社に残った10.32%の最後の公開株は2012年5月に売却された。入札により1億6850万でソジャルトルコエネルギー株式会社とソジャルインターナ ショナルDMCC OGGが購入した。ペトキムはイスタンブルの産業会議所の500の大企業が並ぶリストで16番目である。会社の2015年の活動報告書によれば、45億 3200万リラの売り上げと、2471人の従業員がいる。
■「活動に影響なし」
ペトキムは世論啓蒙プラットホームに行った発表で、アリアーの拠点で、警察による捜査の一環で行われた取り調べが会社のいかなる活動にも影響を与えな かったことを明らかにした。ペトキム社長のバギフ・アリイェブ氏は、活動を続けていくことを述べながら、「ペトキムの市場価値は22億ドルである。私たちの製品はトルコで6000の中小企業によって使用されている。15万人に直接的にも間接的にも雇用を生み出している」と言った。
イズミル警察局テロ対策、密輸組織犯罪対策担当局のメンバーは、FETÖに関して行った取り調べで、1日にアリアー郡にあるペトキムの拠点に対して捜査を行った。逮捕決定が出されている31人のうち16人が捕まった。副社長のムハメット・アルタイ・オズギュル、コーポレートコミュニケーション部部長のメンダウ・タ シュルジャル、警備部部長で元大佐のセルハト・オズシリも逮捕者リストに載せられた。拘束された者は、元社長のサデッティン・コルクトに近い人々であることが分かった。
拘束される前、出国準備をしていたと言われている、ペトキムの社長であり、取締役会メンバーであったコルクト氏は、7月28日に退職して業務から離れていた。
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( 翻訳者:佐藤彩乃 )
( 記事ID:40984 )