この映画は必見!タイトルは「ネコ(Kedi/ケディ)」。イスタンブルの猫を説明している。トルコ・アメリカ共同制作で、主役は世界的にも美しいイスタンブルの野良猫たちである…。さらにあなたが猫好きならたまらないだろう。この映画は今アメリカを席捲している。最初は誇張していると思ったが、本当にそうなのだ…。
「ネコ」は、アメリカで史上もっとも多く観られたトルコ映画となった。上映した全ての都市はポスターで覆われ、トルコからこんな映画が出たことが観客を驚かせている。猫たちを通してトルコの人々の優しさも表現しており、それによって外国人の我々への見方に非常に良い影響を与えている、素晴らしいドキュメンタリーだ…。
街路を猫たちがうろつかない国々では、イスタンブルの人々が猫たちと作り上げているこの熱い関わりが心を捉えているようだ。アメリカで最も有名な映画サイトの1つであるIndieWireは、今年の映画トップ10の1つに選んだ。批評では、猫のドキュメンタリーの(1941年公開のアメリカ映画)「市民ケーン」として紹介されている。私はジェイダ・トルン監督に会い、質問をした…。
おめでとうございます!詩のような映画ですね、「ネコ」は。ドキュメンタリーとは言えません、私にとっては映画です。そして素晴らしい映画です。ネコを愛する者として、心を打たれました。もはやアメリカをも射止めました。史上最も多く観られたトルコ映画となりました。そして批評家たちからも非常に素晴らしい賛辞を得ました。どう感じていますか?驚いていますか、嬉しいですか?何をしましたか?喜びの絶頂ではなかったですか?
――(笑)全部です、全部!この映画を作った皆が映画の成功を望み、そのためこの骨の折れる仕事に参加しました。しかしこれほど肯定的な反応は本当に期待していませんでした。映画を作った後の最初の6ヶ月間は、国際的な販売会社も配給会社も映画祭も関心を示しませんでした。「この映画は政治的なものではない、活動家的なものでもない、何なのかまったくわからなかった!」と言われました。私たちも自信をなくしました。間違ったビジョンを追いかけたのではないかと。しかしその後とても奇妙なことが起こりました…。
それは?
――シアトル映画祭で――というのは、イスタンブルに似た都市ですが――大きな関心を引きました。人々が何時間も列で待つほどです。猫の宝石をつけて、猫のベレー帽をかぶって、猫のアクセサリーをつけて…。
■この成功を夢で見たとしても信じなかった
子牛の尻尾はシアトルで千切れた(望んでいた結果を得た)わけですね、つまり!
――その通り!この関心を見たアメリカの配給各社がすぐに入ってきました。もちろん、我々は信じられないくらい幸せでした。こんな成功を夢で見ていたとしても信じなかったでしょう。あらゆるところで「ネコ」が上映されています。ロサンゼルスで、そしてアメリカの他の多くの都市で…。
では、この映画はどこから出てきたのですか?
――私は猫マニアです。そしてイスタンブルを愛しています。同じことは撮影監督
で共同制作者のチャーリー(・ウッパーマン)についても言えます。チャーリーは同時に私のパートナーでもあります。猫たちは私の最初の恋人で、最初の仲間です。私は(イスタンブル・カドゥキョイの)ジャッデボスタンで子供時代を過ごしました。自転車で走る以外にした唯一のことは、アパートの裏庭の猫たちと遊ぶことでした。野良猫たちは私の一番の親友でした。5・6歳の頃、ボンジュクという名前の、とてもかわいいグレーと白の猫が私の人生に現れました。ボンジュクは、6ヶ月ごとに3匹ずつか5匹ずつの子猫を産み、22匹の大家族を作りました。22匹の子猫も私は世話をしました!成長した何匹かは、他の地域に行きました。他の子たちは私と残りました。うちの裏庭に。
猫たちにそのような愛情を感じていたから、この映画を作ったのですか?
――はい。猫たちに関係するなにかをやることはいつも心の中にありましたが、それが何になるかはわかりませんでした。その後徐々に人々が一番よく見る動画が猫の動画であることを発見しました。私たちはプロデューサーもこうやって説得しました。「Youtubeの動画の15%は猫動画です。驚くほどの関心を集めています。イスタンブルでは人々と野良猫たちは一緒に暮らし続けています。何世紀も。世界の他のどこにもこんなことはありません」と言いました。
■素晴らしい自由とわずかな存在感、負担はない
この映画は、例えばイスタンブルの野良犬について撮影していたら、同じような成功を手にできたでしょうか?
――わかりません。犬と猫の間には私たちとの関係という点でとても大きな違いがあります。ここ数世紀の間、犬は仕事の動物です。おそらくだからでしょう。彼らの私たちとの動きはまたちょっと違います。犬たちにとって出来事は私たちで終わります。猫たちには別の認識があります。少なくとも私たちに対して取る態度はそんな感じです。これは私たちを安心させることの1つです。とても大きな責任を課されずにすみますから。特に野良猫に対しては。しかし同時に彼らのおかげで思いやりと愛情を感じることができます。猫は私たちに負担を課しません。素晴らしい自由とすばらしく軽い存在感だけです。
目的は猫を通してトルコの人々を示すことだったのですか?
――その通り。人々は、猫に関係することを観る準備ができています。しかし例えばイスタンブルについての映画であれば、もしくはトルコ人に関する映画であれば、おそらく座って観ようとはしなかったでしょう。
不思議ではありませんか?イスタンブルの猫は見たいけれど、トルコの人々を見たいとは思わない。
――私にすれば、一般的に人は、他の人々にそれほど関心がありません。だから赤ん坊や動物を好む傾向があるのです。アメリカで字幕付きの映画がこれほど関心を引くこと、押し寄せることすら壮大なことです。しかしもちろん、彼らはイスタンブルで暮らす猫たちを観るために行ったのです。
■この映画はアメリカ人にとって薬のようなもの
猫だけが好きだからでしょうか?この関心は。
――だからチケットを買ったのかもしれません。しかし映画を観た人々の基本的な評価は、「よいことが溢れ出し、人々に安心を与える映画だ!」というものです。私たちはこれほどまでに困難な時を過ごしているので、人生と世界にポジティブなこともあるのだということをもう一度思い出すことは、人々にとってとてもよいことです。さらに「ああ、トルコ人はこういう人たちだったのか?イスタンブルのような場所はまったく知らない。素晴らしいところのようだ!」と言っています。ボンド映画で見たり、ニュースでテロ事件とともに見たりしているからです。他に参考となるものはありません。だからこの映画は彼らにとって薬のように効き、とても好まれたのです。
イスタンブルの猫はどんな感じで、他の猫たちとどんな違いがあるのですか?
――外国人にはイスタンブルの猫たちのことをこのように説明しています。あなたを何年もの間知っている猫のように、ベンチで座っている時に見かけるとやってきて膝に座り、1時間喉を鳴らすことができる存在だと。あなたがその後そのベンチから立ち上がって歩くと、多分あなたの後をついてくる。しばらくするとまたニャーと鳴くかもしれない。常にコミュニケーションと関係を築く準備ができているのです、イスタンブルの猫たちは。世界の他のところではこんな表現はまったく経験しませんでした。映画を観た人々は、「イスタンブル行きのチケットを買う!」とメッセージを私に伝えてきています。
■イスタンブルの猫たちが世界的現象に
トルコの人々もどれほど友好的で思いやりがあるかということも、この映画は示していますが…。
――はい。私たちは友好的で、もてなし好きで、家や食事を共有する人間です。冷たいタイプではありません。もちろん互いに厳しく振る舞うこともありますが、この映画を撮った時、2ヶ月半の間、そういったことを経験したので、ほっとしました。「トルコにとって希望がある!」と言いました。
アメリカで上映された全ての都市に「ネコ」のポスターがあります。どうやって成し遂げたのですか?
――人々は猫に対して大いに好意を持っています。猫たちはルネサンスを体験しています。これは確かです。恐らく古代エジプトの時代に似て、猫たちはとても珍重されているのです。あらゆるところに猫はいます。あらゆるものに…。広告で、映画で、人々はあらゆるところに猫を入れようとしています。私もこの関心をとても幸せに思います。なぜならYoutubeがやって来て、私たちの映画が望まれ、私たちは合意したのです。猫のビデオ作りを始め最も重要なプラットフォームである団体と仕事をすることは素晴らしいことでした。ニューヨークの、ロサンゼルスの、そしてかの国の他の諸都市の広告パネルを、大きなポスターを彼らが支援しています。私たちにはこのような予算はありません。彼らのおかげで、あらゆるところに「ネコ」がいるのです。
街路を猫がうろつかない国々で、私たちの猫に対する熱い親近感が心を打った。これですか?
――まったくその通りです!ヨーロッパやアメリカではこのようなことは記憶の中ですらありません。何世代にも渡って彼らの国にはなかったのですから!私たちのところでは何世紀もの間こうでした。イスタンブルの猫たちはこの意味で現象です。そのため、彼らは映画を観た時とても驚くのです。最近アメリカでは、ネズミがあふれる倉庫や警察署、花市場に、シェルターから猫を連れてきています。ネズミを制御するために。そして役に立っていることがわかっています。
世界で他に私たちの国のような猫がいるところは?
――これほど多くの猫がいるところはそれほどないでしょう。ラテンアメリカやイタリア、ギリシャ、インドネシア、マレーシアといった場所にもいますが、それでも私たちのところほどは共生していません。
では、イスタンブルでは動物に対する敵視はないのですか?そういったことはまったく目撃しませんでしたか?
――もちろんあります。隣人に食ってかかる人もいます。「何故そこに餌を置くんだ、周りに臭うぞ!」などと。これは理解できることです。人口はますます増え、この結果の1つは、お互いにさまざまな不快感を与え始めます。しかし深刻な形で動物を虐待したり危害を加えたりすることはまったく別のことです。こういったことをする人を「普通」であると見做さないことが必要です。その人の魂は病んでいるのです。動物でなければ、危害を加える対象は、子供かもしれないし、女性かもしれません。この映画では、猫を好まない人々とも話そうと努めました。嫌いだと聞いた人々を見つけようとしました。しかし彼らは私たちを見た瞬間逃げ始めました。
■あるがままを損なわない
撮影では、決して猫を操ろうとはしませんでした。どこかから連れてきて他の場所に放すこともしませんでした。ドラマを作るために「子猫から引き離してどうなるか見よう」と言ったりしませんでした。猫たちはあるがままですでに楽しく興味深い動物です。カメラが近づいた時逃げる猫がいた場合、追いかけたりはしませんでした。撮影後の編集でさえ、追加の鳴き声などを入れることを勧める音響担当者に「いいえ、なかった鳴き声は一切追加しない!」と言いました。
■トルコの人々の思いやりのある側面
トルコではどのような関心を期待していますか?
――どうかトルコの観客のみなさんが好んでくれますよう。この映画は、トルコの人々の思いやりのある側面です。
あなたは人類学を学ばれました。人類学的にこの状況をどのように説明されますか?
――世界中でおそろしいことが起こっています。爆弾が爆発し、人々が亡くなっています…。世界中の問題が私たちの肩にのしかかっています。しかし人生はそれほど悪くネガティブなものである必要はありません。この映画にこれほどの関心が示されていることの理由のひとつもこれです。この重荷を軽くすることです。
■猫は母親を、犬は父親を象徴
猫派の人と犬派の人で世界は2つに分かれています…。あなたはこの区別をどうご覧になりますか?
――こんな説があります。「猫は母親を、犬は父親を象徴する!」さらに進んで、「母親との関係が窮屈な人は、猫との関係もとても快適なものとはならない」と言われています。どの程度正しいかはわかりません。子どもたちが生まれつきすべての動物を好意的に見ていることは、100%確信しています。
■猫は人を審査しない、太っているとも愚かだとも感じさせない!
猫から一番学んだことはなんですか?
――自由の感情は猫たちから受け継いだものです。独立し自立していること、自分の力を信じること…。それほど有能な動物なのです、猫は…。子供の頃裏庭の高い壁で、猫と一緒に歩いたことを覚えています。その猫は私の前を歩いて、私は後ろにいました。また、人を審査することなく好む存在です、猫は。私たちに目を向け、私たちを見て、そこに私たちがいることを確かめます。しかし見る時に審査はしません。人に太っているとか、愚かだとかと感じさせません。私たちをあるがままに見て受け入れる動物です。
猫語があると信じていますか?
――もちろん!他の生き物たちがお互いにどのように話しているのかはあまりわかりません。私たちは自分たちの間ですら理解し合うのが難しいのですから。猫たちが会話していることについて書かれた本があります。とても明確な形でとても異なった形で鳴いているのですから…。これに関する新しい研究を読みました。30種類の異なる鳴き方があるそうです。「お腹がすいた、眠い、怒っている、さみしい」といったさまざまなことを言うことができるのです。
■恩知らずなどではない!
「猫は恩知らずだ、自分勝手だ。犬のように忠実ではない」という判断がありますよね、猫は自由でより独立していて、人間は彼らを簡単には対抗できないからでしょうか?
――まったくその通りです!私たちはあらゆることを自分たちの目で、そして自分たちを基準として評価しているため、猫たちは恩知らずであると言っています。実際は、「私はお前にご飯をあげたのにお前は私の膝に乗ってこない!」と怒っている人は振り返って自分を見るべきです。これは条件付きの愛情と呼びます。彼らの愛情には必ずなにか期待があるのです。
猫たちの一番好きなところはどこですか?
――気取っているところです。猫はあなたに気取った態度をとります。境界線を引きます。尊重することを教えます。敬意を示さないと離れて行ってしまいますから。猫に無礼な態度を取ってはいけません。蹴ったりぶったりといったことをしてはいけません。離れて行ってしまい、二度と戻ってこないか、引っ掻かれます。
■子供時代を猫たちと過ごした
どのような家庭で育ちましたか?
――父は芸術家、母は心理学者です。子供の頃は街路で元気に過ごしました。しかし父は私が11歳の時に癌で亡くなりました。それでも私の人生への影響は多く、私の芸術家としての側面は父からもらったものです。母はとても成功した心理学者で、母のおかげで哲学に親近感を持ちました。これ以外では、私の人生は、野良猫たちと過ごしました。
では、どのような人生を過ごしましたか?
――母は、25年前に最初に婚約したアメリカ人、つまり私の義父と結婚しました。母は、60年代初頭にウスキュダル・アメリカン・カレッジで教鞭をとっていました。義父もロバート・カレッジで働いていました。そうやって知り合い、その後別れました。母は父と結婚し、義父も他の女性と結婚しました。何年も後に再会しました。義父はUNISEFで働いており、中東局長としてヨルダンに派遣されました。私は中学校はそこで学びました。その後「湾岸危機」が起こると、イスタンブルに戻りました。コチ高校で1年間学びました。その後ニューヨークに引っ越しました。その時にはUNICEFの事務局長になっていました。私はそこからボストンに移り、人類学を学びました。その後トルコに戻り、(映画監督で脚本家の)レハ・エルデムのアシスタントをしました。これまでの間にイギリスでの生活も経験し、今はロサンゼルスに住んでいます。
では、お母さんと義理のお父さんは?
――両親はイスタンブルに住んでいます。義父はイスタンブルとトルコをアメリカよりも好んでいるアメリカ人の1人です。85歳です。
旦那さんはアメリカ人ですか?
ドイツ・スウェーデン人です。私の映像監督でありディレクターです。映画を撮影しながら、7ヶ月の娘を妊娠していました。つまり娘もこの仕事に加わっていました!
■ドキュメンタリーの「市民ケーン」
アメリカの最も有名な映画サイトのうちの1つ、IndieWireは、あなたの映画を「今年の映画ベスト10」の1つに選びましたが…。
――はい…。私たちもまだ信じられません!人々のよい側面を前面に出したからだと思います。そうでなければ、とても主張のある映画ではありません。あなた方の考えを変えようとするような映画でもありません。
もう1つ、猫のドキュメンタリーの「市民ケーン」として知られていますが…。
――はい。とても誇りに思います!この映画の映像を私たちがとても気に入っていたからだと思います。人の足首の高さから猫を見ること、ひとりひとりの俳優のように猫たちの後をついていくことが人々にとても影響を与えました。
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( 翻訳者:永山明子 )
( 記事ID:42758 )