■燃える「円盤」がガザの宙を舞う
【東ジャバーリヤー:ファトヒー・サッバーフ】
複数の青年が一切れの麻布に炭を置くのに勤しみ、それをしっかりと包む。そして、そこにエジプト産の軽油と、彼らが「燃料油」と呼ぶ、黒い色をした自動車のエンジンオイルを少し注ぐ。
青年たちは「新発明」であるその原始的な松明に火を点け、それを凧の端の部分に結びつける。そして、ガザ地区北部にあるジャバーリヤー難民キャンプの東、アブー・サフィーヤ地区にあるイスラエルとの間を隔てる境界フェンス近くの空中に揚げる。
「紐をゆるめろ。」彼らの中の一人が凧を「操縦」する仲間に言う。彼は人生すべてを通して、1度も飛行機や電車に乗ったことがない。というのも、これらの青年のうち90%以上が1日もガザ地区を離れたことがないのだ。
2000年に「アル=アクサー・インティファーダ」が始まり、ガザ国際空港が破壊されて以降、ガザ地区の空に飛行機は飛ばない。唯一飛んでいる飛行機は、高い高度から爆撃、殺害、破壊を行うアメリカ製「F16」型イスラエル戦闘機のみである。
青年たちが「円盤」と名付けた凧が揚がり、自由に空へと昇る。これに並ぶものはない。あるのは、青年が両手に収まる小さな装置によってコントロールし、数千もの非武装のガザ市民の「空中」写真を撮るために遠方から向ける小さな「航空カメラ」、他には、面積が365㎢に満たない、200万のパレスチナ人が暮らす小さな沿岸地区のあらゆる場所と一挙一動を毎時毎分写真におさめる、黒い色をしたイスラエルの「ドローン」のみだ。
この円盤という新「発明」を、青年たちが火を「敵の土地」に到らせ、燃やすために使用している。というのも、彼らが投げる「石」は、その呪われた分離フェンスを越えていかないのだ。この分離フェンスは、数百万の難民と彼らの故郷の間を隔てる。シオニストどもは1948年に、彼らを彼らの故郷から強制移住させた。
(後略)
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( 翻訳者:藤木郁理 )
( 記事ID:44690 )