イスタンブル最古のハマム遺跡、パワーシャベルで破壊
2019年03月24日付 Hurriyet 紙


エユプ・モスク付近での工事の基礎掘削でビザンツおよびオスマン帝国期につくられたハマム遺跡が発見された。しかし保存委員会は、この発見物を撤去し工事を継続するよう決定し、出土品の70%がパワーシャベルで破壊された。そこで文化観光省が工事機械を中止させた。

基礎掘削工事が開始されたエユプ・イスラムベイ地区の349ブロック、12番区画、50番区画は、今年まで駐車場として利用されていた。再開発計画(新規)により、古い写真等で過去にあったと推測されている石造住宅を再建するプロジェクトが進められていた。保護地区内にあったため基礎掘削は、イスタンブル考古学博物館の専門家によって始められた。

表層に近い部分で、記録に残っている構造物の基礎の遺構が見つかり、それらを撤去すると約50センチメートルから2メートルの深度にイスタンブルの歴史にとって高い重要度をもつ可能性のある遺物が出土し始めた。6つのレンガは、表面が大理石で覆われ階段状になったハマムの入口部分と推測された。アプス(建物外部に張り出し、天井は半ドーム)をもち、レンガ造りの床面とアーチと円天井をもった構造の遺構が出てきたのである。ハマムの下部構造につながる暖房管、床下暖房(セントラルヒーティングシステム)、ハマムの壁、大理石の浴槽が見つかった。出土品の年代は6世紀から15世紀の間と推定された。ハマムはビザンツ帝国時代にはじまり、オスマン帝国時代にも利用が続けられていたと推測されている。

■委員会から驚きの決定

イスタンブル考古学博物館の専門家によって続けられた発掘は、報告書の形でイスタンブル第一保存委員会に提出された。遺跡の美術史上の観点からの報告書が作成され、さらなる考古学的発掘調査の進展が期待されていたが、委員会からは驚くべき決定が下された。3月14日付の第4134-2号決議で、委員会は次の決定を下した。

「ビザンツおよびオスマン帝国時期に建造されことが明らかとなった建築遺構に関して伝えられている遺構測量は適切であると判断し、本遺構は、計画を立てられず、また小規模でこの先保存が見込めず、現場保存も不可能であるとの合意のもと、2012年4月10日付第37号決議に従い、関係する博物館庁の専門家の監督のもとで撤去が可能であり、同報告にある発掘で入手された持ち運び可能な遺物や土砂内で見つかったとされる墓石も関係する博物館庁の専門家の監督のもと、展示のために運び出すことが決議された」

■出土品バラバラに

委員会の決議は昨日の午前中から有効となり、建設機械が現場に投入され、歴史的な出土品がパワーシャベルで破壊された。その際、ある市民がソーシャルメディアで破壊作業をライブ配信し、文化観光省が介入して破壊作業は中止させられた。それでも古代ローマのハマムや建築遺構の70%がバラバラになった。

■文化観光省:調査を開始する

文化観光省関係者は第一保護委員会理事らの調査を開始すると通知した。また考古学者のネズィフ・バシュゲレン氏は次のように述べている。「私が写真で確認した遺構は、建築的特徴からみて非常に古いハマムがここに存在したことを示している。古代ローマのハマムで浴室を温めるため床下に設置する床暖房システムと考えられる痕跡がはっきりと見てとれる。建築プランは、以前カレンデルハーネ・モスク周辺で実施された発掘調査で見つかった4~5世紀と推測される小規模なハマムの基礎に酷似している。ヴァレンス水道橋に隣接するこの小規模ハマムは、古代末期にそこに建てられていた特別な宮殿に属していた可能性も指摘されてきた。
発見されたこの古代のハマムやそれに関連する複合施設の存在は、イスタンブルの歴史的地形、そして考古学の観点から重要な発見だ。この点で非常に古い時代から残るこの構造の全貌を明らかにするために、ここにある考古学的作業を詳細に継続する必要がある」

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( 翻訳者:原田星来 )
( 記事ID:46486 )