「オウズ・アタイは小説をこの建物で執筆した」-イスタンブル文学地図プロジェクト始動
2019年12月13日付 Milliyet紙


ミマール・スィナン芸術大学(MSGSÜ)タンプナル調査センターの「イスタンブルの文学地図」プロジェクトの一環として、作家のオウズ・アタイが『耐えられない者たち』という小説を執筆したベイオールの邸宅に情報を記載したプレートが設置された。


ベイオール市とMSGSÜの合同で実現したイベントに参加したベイオール市長のハイダル・アリ・ユルドゥズ氏は、没後42周年にオウズ・アタイを追悼して理解をするために一堂に会したということを語った。

ユルドゥズ氏は、「私たちはアタイのことを追悼します。今日は彼が『耐えられない者たち』という小説を執筆したこの歴史的な場所で、彼を敬愛している人たちが、彼のことを懐かしく思い起こすために集ったのです。」と話した。

ベイオールは過去から力を得て、文化と芸術の中心地となったということをさらに力強い形で表現し続けるだろうと語ったユルドゥズ氏は、以下のように話した。

「今日はMSGSÜタンプナル調査センターのプロジェクトとしてトルコ文学に多大なる影響を与えて20世紀の最も優れた文学者の一人であるとみなされているオウズ・アタイを追悼します。これからベイオール市として私たちも「ベイオールの価値ある一角」プロジェクトの一環として類似のイベントを実現してまいります。」

MSGSÜ学長ハンダン・インジ氏も一つの夢を実現したということと、非常に喜ばしく感じたと述べて、「タンプナル調査センター」の様々なプロジェクトの一つはイスタンブルに暮らした重要な全ての作家たちが暮らした場所へプレートを設置することと、このようにしてその場所を識別できるようにすることです。ベイオール市長にはプロセスがこれほど早く実現されたことにおいて尽力されたことへ感謝をしています。」と語った。

インジ氏は、設置されるプレートがMSGSÜによってデザインされるであろうと述べて、「イスタンブル文学地図」プロジェクトの第二弾は、ウスキュダルにあるアフメト・ハムディ・タンプナルに関する場所に設置されるインフォメーションプレートによって続けられるだろうと伝えた。

オウズ・アタイは、1977年12月13日に死去した。アタイの著名な小説である『耐えられない者たち』をベイオールのハイリイェ通りにある7番の建物の二階にある邸宅で執筆した。

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:48250)