イラク:モースルの人々がヌーリー・モスクの設計を保留
2021年04月19日付 al-Quds al-Arabi 紙
■モースルの人々はヌーリー・モスクの新しい設計に対し慎重な姿勢を示す
【バグダード:本紙】
モースル市の住人は、モースルの西側の中央、旧市街に位置するヌーリー・モスクのハドバーウ(湾曲)・ミナレット建設のために「ユネスコ」が示した設計に対し怒りを表明した。
ユネスコは、同組織が開催した(ヌーリー・モスク再建の設計)コンテストにおいてエジプトのチームが優勝したことを発表し、そのことがモースルの人々の怒りをかき立てた。なぜなら、(優勝したエジプトチームの設計が)旧市街の建築物の特徴の多くと相違し、またモースルの建築家のアイディアや助言を無視したからである。
最終的な設計を発表する前に、「ユネスコ」はヌーリー・モスクの中庭で会議を開いたが、イスラーム史のアフマド・カーシム・アル=ジュムア教授をはじめとするモースル大学の多くの歴史家は、その会議への参加を許可されなかった。
政党「クルディスタン愛国同盟」の報道によると、アル=ジュムア氏は、会議への参加禁止を非難し、(モスクの)設計が幾世紀にわたるアラブ・イスラーム建築分野の管轄であることを要求しつつ、その建設が他の(新たなる)空間の追加を目の当たりにするため、設計者らが建築を専門とすることの重要性を強調した。
思想家のナーイフ・アッブーシュは「モースルという環境での建築遺産の保護が、連綿と続く歴史の中で、モースルのアイデンティティの特徴の保護を意味することに異論はない。というのも、建築遺産は文明的なアイデンティティの一面を持っているからである。とりわけ、モースルは祖国の奥深くに根付いた文明の歴史を作り出し、そして歴史を通してイラクの主部であった。このように建築遺産はその特異性が複合的であり、場所、気候、人々の多様性は変化に富んだ大都市であり続けた。またこのように、建築遺産は純粋な幾何学的造形物だけでなく、生活様式、また都市のアイデンティティとともに残っている」と指摘した。
(後略)
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( 翻訳者:笠井野乃果 )
( 記事ID:50936 )