ゲズィ公園裁判の拘束者、刑務所から違法行為を訴える
2022年05月02日付 Cumhuriyet 紙

共和人民党エスキシェヒル選出ウトゥク・チャクロゼル国会議員は、ゲズィ公園裁判で懲役となったムュジェラ・ヤプジュさん、チーデム・マテルさん、ミネ・オゼルデンさんとバクルキョイ女性刑務所で面会した後に、彼女たちのメッセージを伝えた。ヤプジュ被告は、チャクルロゼル議員を通して送ったメッセージの中で、「2014年に開かれた裁判では私たち5人を無罪とした。そしてその無罪判決が確定した。そのため古代ローマ以来の普遍的な原則である「一事不再理」により、同じ罪状で再び裁かれることはできない。大きな違法行為である。」と述べた。

共和人民党エスキシェヒル選出のチャクロゼル国会議員は、ゲズィ公園裁判で懲役18年となり、イスタンブル・バクルキョイ女性刑務所に収監されたムュジェラ・ヤプジュさん、チーデム・マテルさん、ミネ・オゼルデンさんと面会した。

■アルンチ、チチェッキ、ババジャン、ダウトオールも関係者

チャクルロゼル議員がバクルキョイ女性刑務所で面会したオゼルデン被告、ヤプジュ被告、マテル被告は次のようなメッセージを発した。

ミネ・オゼルデン被告は、「法律が殺され、全く不当な形で逮捕された。法律の力ではなく力の法律が作用している。一人の裁判官が明確に罪はなく証拠もなく無罪とすべきと主張する一方、公正発展党の選挙候補ともなった別の裁判官は私たちに最も重い罪を下す。こんな公正はあるのか。演劇とも言えない茶番である、この出来事と私たちに降りかかった出来事は。さらに、私たちにとっておかしなことがもう一つある。第61代内閣の閣僚たちを見てほしい。アルンチ大臣、チチェキ大臣、ババジャン大臣、ダウトオール大臣、この裁判で被害者として私たちと対峙している。合計で740の訴えがある。一つもどれ一つとして訴えが取り下げられていない。政治家も少し誇りをもっているのを人々は期待している。」

■ヤプジュ被告「私たちは年をとっても、心は同じ」

ヤプジュ被告は、「私たちは年をとっても、心は同じである。闘いは続く。私たちは抗い続ける。皆さんのバイラムをお祝い申し上げます。裁判でも述べた。もう一度言いたい。2014年に開かれた裁判で私たち5人を無罪とした。その無罪は確定した。そのため古代ローマからの普遍的な原則である「一事不再理」により、同じ罪で再び裁かれることできない。大きな違法行為である。逃亡の疑いがあるとして私たちは収監された。しかし、私は裁判中に3回ほど国外の会議に参加した。逃げようと思えば逃げられた。」と述べた。

■マテル被告「逃亡の恐れがあると言うが、ドイツの仕事を辞めてきた」

マテル被告は、「私たちがまさに正しいとわかっているため、ここ刑務所でもとても調子はいい。社会の大半から支持を受けている。人々が私たちをキッチリと包んでいるのを感じている。しかし、この問題は単に私たちだけの問題ではない。トルコの法律と関わる問題である。つまり、皆が共有する共通の思いは次のとおりである。この出来事はいつか私たちの誰にでも降りかかるかもしれない。だから、この問題は、オスマン、ミュジェラ、チーデム、この8人の問題ではない。トルコの法律に関わる闘いであり、公正に関わる闘いである。私はドイツでの仕事、プロジェクトを投げ出してトルコに来た。入管でパスポートを取り上げられることを知りながら戻った。逃亡の疑いがあり拘束していると言うだろう。私はこの考えを認めない。私たちの拘束について、あらゆる司法機関で抗議するつもりだ。」と述べた。

チャクルロゼル議員は、ヤプジュの71歳の誕生日を祝うとして、次のように述べた。

「新たな歳を、バイラムをこの人たちが刑務所で迎えるのは、酷い不公正であり、違法行為である。また彼らはトルコで自身らに下されたこの不公正な処罰への反発を注視している。彼らはトルコの人々がゲズィを擁護している様を喜んでいる。この場から声にしたいのは、『国外逃亡の恐れあり』としてこの場で拘束されていること、18年の懲役刑を課され結審前に現在この場で拘束されていることは、大きな違法行為であるということである。一刻も早く釈放される必要がある。この人たちは裁判の最中にも国外での会議に赴き戻ってきた。例えば、チーデム・マテルさんは、ドイツ在住中、裁判のために戻ってきた。ムュジェラさんはこの訴訟の中、2度3度国外に出た。

■もはやトルコから思想犯罪はなくなるべき

だから、この人々が現在『逃亡の恐れあり』と拘束されていること、家族や友人から引き離されているのは、受け入れ難い。ゲズィ抵抗運動から罪を生み出す営みは無駄なことである。なので、私たちは刑務所で疲弊させる代わりに一刻も早く釈放させねばならない。この不当で、違法で、不公正な裁判を終わらせるべきであり、ゲズィから罪を生み出そうとするのも、もはや止めるべきである。政治的裁判や思想犯[を生み出すの]はトルコの恥である。トルコの価値を毀損するものである。もうトルコはこうした恥辱行為から免れるべきである。思想犯罪はもはやトルコからなくなるべきである。

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( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:53380 )