16世紀ハレム長官の遺産をめぐる裁判の行方は?
2023年03月28日付 Hurriyet 紙


イスタンブルで君主バヤズット2世期のハレム長官の1人ヒュセイン・アアの、キュチュク・アヤソフィアモスクの中庭にあるチャルダクル・ハマム及び取り壊された屋敷の土地の地券が、子孫の63年に及ぶ法廷闘争の結果、16人の土地権利者の名義で2023年3月24日に登記された。2か所の価値は約750万ドルであると述べられた。

ヒュセイン・アアは、1510年、バヤズット2世の時代に斬首されて殺され、「ケシクバシュ」とも呼ばれる。ヒュセイン・アア[の子孫]は、イスタンブルのファーティヒ郡イサク・パシャ地区で教会からモスクに転用したキュチュク・アヤソフィアの中庭にあるチャルダクル・ハマム及び取り壊された古い屋敷がある土地に関して土地相続裁判を起こし、63年続く裁判が結審した。

■櫃から偶然見つけた

1960年、ヒュセイン・アアの子孫の1人ファトマ・ギュジン(アタマン)・キタプル氏が櫃で見つけたオスマン語の文書が地券であることが判明し、その頃に始まった土地相続裁判は、キタプル氏の死後も家族の他の一員によって継続された。

■ヒュセイン・アアの家系から16人の相続人

オスマン期の地券につき相続人間の多くの裁判を扱っている弁護士のギュレン・ドクズオール・ジャン氏は、ヒュセイン・アアの家系の16人の相続人に代わり、2019年、2020年にウスパルタ簡易裁判所に合計12件の相続確定訴訟を起こした。訴訟の対象は、キュチュク・アヤソフィアモスクの中庭にある1503年ヒュセイン・アアによって建てられたチャルダクル・ハマムとその小庭、及び約80年前に取り壊されたと推定される屋敷があった323㎡の土地を含んでいる。

■裁判は去年終了

開廷された裁判は2021年、2022年に終わった一方、最後の相続人認定裁判はファトマ・テヴヒデ・メラル・ウストゥン、アイシェ・ゼイダ・ウストゥン、セヴィル・タンサル、エミレ・バヌ・ギョケル氏につき、ウスパルタ第二簡易裁判所により2022年2月4日に結審した。この判決後、相続人全員の名で行われた申請を受け、ファーティヒ土地登記局によって名義記録の更新と関連するその他の手続きが完了され、2023年3月24日に2つの土地に関する地券が登記され、[本人たちに地券の証書が]手渡された。

■地券が登記

弁護士のジャン氏は、述べる。ヒュセイン・アアの家系の16人の相続人による相続裁判は、1960年代に櫃から偶然見つけられたオスマン語の地券文書に基づいて始められ、長年終わらなかった。[最終的に]ジャン弁護士が関わったウスパルタ簡易裁判所で起こした訴訟に勝利したと述べた。同弁護士は、去年の2月の結審後、16人の相続人の名義でファーティヒ土地登記局に申請を行い、名義の変更や更新などの手続きが完了され、3月24日に相続人の名義で地券が登記されたと述べた。

■チャルダクル・ハマムは廃墟と化した

相続人のコンサルタントであるファルク・ケレシュ氏は、ヒュセイン・アアが1503年に建設させたチャルダクル・ハマムには小庭があると述べている。同氏はハマムが1970年代に閉鎖されて以降、メンテナンスがされず廃墟となっていると述べ、「2015年、国際記念物遺跡会議トルコ国内委員会(ICOMOS)は、ハマムの状態を保存委員会に伝達した。しかし、地券の持株の38%がファフレッティン・ケリム・ギョカイ財団に帰属する歴史的建造物の、残り62%を所有する相続人が見つからなかったため、国庫の管財人が管理していた。相続裁判終了とともに62%分の地券を16人の相続人が取り分比率に応じて受け取った。」と述べた。

■ヒュセイン・アアの屋敷が取り壊された

ケレシュ氏は、キュチュク・アヤソフィアモスクの庭のように見える場所にヒュセイン・アアが自身のために屋敷を建設させたと述べ、「しかし、屋敷は80~90年前に取り壊され、その後自治体がここを緑地と変えた。ヒュセイン・アアの屋敷の写真がある。同様に、この土地の地券も遺産の取り分でヒュセイン・アアの家系の16人の相続人に登記された。キュチュク・アヤソフィアモスクはヒュセイン・アー財団に譲渡されている。両土地の裁判終了に伴って、ファーティヒ土地登記局へ去年申請を行い、約1年、相続文書、住民登録、名義変更などの手続きが完了した後、地券証書が交付された。」と述べた。

■750万ドルの遺産相続

ファルク・ケレシュ氏は、歴史的なハマムと土地の価値が約750万ドルと推定される2つの土地に関し、地券所有者にために、財務省と自治体へ1950年以降の税金を納めるために作業を始めたと述べ、税金の総額は約150万トルコリラであるとした。ケレシュ氏は、「まずは相続税や固定資産税がないため、1950年以降のすべての税金の支払いが行われる。次いで、廃墟と化したチャルダクル・ハマムの修復が計画されている。屋敷のあった土地は現在使用されているため、認めればファティフ市に公共財化させ、認めなければ地券所有者への引渡しを要求する。」と述べた。

■37件の地券裁判がまだ継続中

ケレシュ氏は、ヒュセイン・アアの遺産相続人たちが、キュチュク・アヤソフィアモスク内にある他の区画についても37件の地券裁判を抱えていると述べ、「一部は複数の地片に分割され登記されており、一部は管財人によって裁判所の決定によって第三者に売却し、その上にアパートが建てられている。これら37件の地券裁判に関係する司法手続きは、この先ヒュセイン・アアの相続人に有利な形で終わると期待している。」と述べた。

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( 翻訳者:伊永勇人 )
( 記事ID:55315 )