イマムオール逮捕から1年、この間に何があったか
2026年03月19日付 Cumhuriyet 紙
エクレム・イマムオール氏は、2019年にイスタンブル広域市市長に選出されて以来、数々の捜査の対象となり、訴訟を起こされ、政治活動禁止や学位剥奪に直面してきた。同氏が逮捕され、共和人民党(CHP)のメンバーが「3月19日のクーデター」と呼ぶ強制捜査から1年が経過した。
2024年3月31日の地方選挙は、トルコ政治における勢力を塗り替えた歴史的な転換点として歴史に刻まれた。選挙で第1党になったCHPはイスタンブルを始めとした広域市で大きな力を手にした一方で、この構図は与野党間で緊張が生じる切っ掛けとなった。エセンユルト区に向けた強制捜査実施[2024年10月]に次いで管財人が任命されたのは、[2025年]3月19日の[イマムオール氏逮捕劇の]最初の狼煙となった。
2025年1月のベシクタシュ区に対する強制捜査、それに続く2月のベイコズ区に対する強制捜査は、地方自治体を標的とした動きの拡大に関する状況を明確にした。強制捜査に次いでレジェプ・タイイプ・エルドアン大統領の「まだ大物は釣れていない」との発言が議論される一方で、[2024年]3月31日にイスタンブル広域市市長に再任されたイマムオール氏は、CHPが取った決定に従い党内の大統領候補者候補となるための活動を公式に開始した。
◾️「彼らは私を逮捕するつもりだろう」
2025年3月15日:党内で大統領候補となるため多くの県を訪問していたイマムオール氏は、拘束される4日前に故郷のトラブゾンで行った集会演説で、「彼らは私を政界から排除すると言っている。手を尽くして[大統領候補に]据えないそうだ。彼らは汚い仕事をしている。おそらく、彼らは警察の助けを借りて私を屈服させようとしているのだろう」と述べた。
◾️卒業証書に関する動き
2025年3月18日:イマムオール氏が学士号を取得したイスタンブル大学は、理事会の決定により同氏の卒業証書を取り消したと発表した。この決定を断食明けの食事のため客人となった家で知ったイマムオール氏は、「彼らはすべての人からあらゆるものを奪い得る。動産・不動産、財産権、教育権、被選挙権、選挙権、すべてのものを奪い得る。私は百獣の王のように駆け回り続ける。決して後退しない。今日まで数多走ってきたが、これからはそれ以上にだ」と述べた。
2025年3月19日:卒業証書の取り消しからわずか数時間後、2025年3月19日の朝にイスタンブル共和国主席検察局が開始した捜査は、イスタンブル広域市だけでなくトルコの政治情勢にも影響を与える包括的な動きの始まりとなった。イマムオール市長を含む多くの自治体首長達、幹部職員、実業家は早朝に拘束された。強制捜査は二つの主要な事案をもとに進められた。[一つ目の]「財務捜査」の中でイマムオール市長及び側近に向けられた嫌疑の中で「犯罪組織の指導」「賄賂」「意図的な詐欺行為」「個人データの不法な使用」「入札不正」といった項目が挙げられる。人々の間で「地方選挙向け連携」と知られる第二事案捜査では、シシュリ区レスル・エムラ・シャハン区長を始めとした一部の人物に「テロ組織幇助」の嫌疑が当てられた。
◾️1550万票を獲得して候補者となった
2025年3月23日: 4日後の3月23日朝、イマムオール氏はイスタンブル広域市の市政を担う多くの人物や実業家らとともに逮捕され、拘置所に送られた。同日、CHPの大統領候補を選出するため実施予定であった予備選挙は、オズギュル・オゼルCHP党首の指導でトルコ全国民に開かれた。設けられた連帯の投票所には、多くの県で長い列が生じる原因となった。CHPが公表したデータによると、トルコ全土で1550万人の国民は投票所に赴いて「自分たちの候補はエクレム・イマムオール」とした。
特に捜査資料の中でイマムオール氏と彼の側近に向けられた罪状の大半が非公開の証言に拠っていることが批判の中心となった。非公開の証人たちの「聞いた」「と知った」といった間接的な証言が証拠として採用されていたのは、世論や法律家により大いに取り沙汰された。こうした議論が続く中、最初の強制捜査で捜査の流れは止まらず、逆に拡大し続けた。4月の第二強制捜査ではイスタンブル広域市の幹部職員が主に対象とされ、上級幹部や自治体職員にも拘束の決定が下された。5月の第三、第四段の強制捜査では、自治体の渉外諸部局と提携する企業を対象とした。同月に実施された第五、第六段の強制捜査により捜査はイスタンブル広域市を超えて様々な区自治体に広がった。この中で様々な自治体の首長も含む多くの人物が逮捕された。夏季に続いた強制捜査では、イスタンブル広域市の提携、関連企業、様々な市自治体も含む形で拡大した。
◾️ソーシャルメディアの障壁
2025年5月8日:捜査の中心人物であるエクレム・イマムオール氏のソーシャルメディア・アカウントへのアクセス遮断や、公共の場でのポスターや横断幕の掲示禁止は、この期間に講じられた物議を醸す措置の一つであった。このほか捜査の中で、弁護にあたっていた一部の弁護士が逮捕され、被疑者の弁護に関して生じる影響も議論を生んだ。
◾️「イスタンブル広域市相場」
共和人民党のオズギュル・オゼル党首は、特に拘束された幹部職員に供述を強要する圧力がかけられており、一部の人物は家族を通じて脅迫されているとし、「イスタンブル広域市相場」という言振りが議論を呼んだ。拘置の問題も年間を通して議論を生んだ。勾留中の一部幹部職員、ベイリクデュズ区のメフメト・ムラト・チャルク区長が様々な県の拘置所に送致され、家族や弁護士との接見に支障が生ずるものと訴えた。送致の際に不当な扱いを受けたとの訴えや拘置所の環境に関する不満が世論に漏れた。健康問題を抱える一部の勾留者の釈放請求が却下されたことも司法に向けた批判を一層強めた。他方で、拘置所内のイマムオール氏に向けては、6月24日にチャーラヤンの裁判所での尋問の際に検事を侮辱したとの訴えで、また7月4日には卒業証書の取り消しに関し「一連の公文書偽造」を働いたとして、さらに二つの訴訟が起こされた。
◾️スパイ容疑で2度目の逮捕
2025年10月27日:イマムオール氏に対する訴訟が続く中、同氏は今回は「政治的スパイ行為」の容疑で捜査が開始され10月末に2度目の逮捕となった。イマムオール氏は、以下の関係人物、容疑で逮捕された。関係する人物として、キャンペーン諮問役のネジャティ・オズカン氏、ジャーナリストのメルダン・ヤナルダー氏、実業家のヒュセイン・ギュン氏である。ヒュセイン・ギュン氏は、夏季にスパイ行為との訴えで拘束されたが、対面で僅か9分間表敬訪問したことが理由であった。イマムオール氏は、彼らと共に、イスタンブル広域市のデータを外国に売り、データをCHPの選挙活動に使ったとの訴えで、告発され逮捕された。侮辱問題は裁判案件から外れる一方で、偽造行為とスパイ行為の容疑に関しては、司法過程が続いている。
◾️237日後に起訴状
2025年11月11日:イスタンブル共和国主席検察局は、イスタンル広域市に対する主要捜査の中で作成した起訴状を、105名を勾留のまま合計407名を対象とする形で捜査開始から237日後の11月11日に裁判所に提出した。目下法務大臣であり、捜査時の主席検察官であったアクン・ギュルレッキ氏は、チャーラヤンにあるイスタンブル裁判所でメディアを前に凡そ3900ページにわたる起訴状を公表した。起訴状の中では、イマムオール氏が「犯罪組織のリーダー」であるとされ、その目的がCHP内で権力を得て、同党の大統領候補になるのを支援するためであると述べられた。イマムオール氏に関して、様々な罪状により計2430年の禁固刑を請求している。野党側は起訴状の中に多くの矛盾があると訴える一方、世論でも多くの議論を生んだこの起訴状を11月25日に裁判所は受理した。
◾️訴訟は棄却された
2026年1月23日:イマムオール氏が収監中に、5月6日に学位取り消しに関しイスタンブル大学に向け起こした訴訟はこの日棄却された。イスタンブル第五行政裁判所は、満場一致で判決を下し、その中で憲法と行政裁判所の判例に当たり取り消し手続きを取る上で法律上の問題はないと判断した。卒業証書が「明確な誤り」故に取り消されたとする同判決では、イマムオール氏が転学に関する疑わしい手続きに不安を感じていないと訴えて、「善意によるものではない」との方向で評価した。イマムオール氏側は上訴した。
◾️歴史的な裁判が始まった
2026年3月9日:この間同時に、実業家アジズ・イフサン・アクタシュ事件の最初の審理が行われた。この裁判では7人の共和人民党所属の市長を含む33人が勾留のままとなる合計200名が裁かれている。この中で、アダナ広域市のゼイダン・カララル市長を含む9人が釈放され、その後、合計16人が暫定決定により釈放された。この裁判は4月20日-5月22日の間スィリヴリで続くと決定された。
イスタンブル第40重罪裁判所が審理を担当し、イマムオール氏と107名が勾留中のままとなる合計402名が裁かれる裁判は、3月9日に開始した。裁判日程によると、4月末まで週に四日審理が行われ、月末までに勾留中の容疑者の反論が聴取される。4月6日には一週間前倒しになる4月末日の勾留の是非及び暫定決定の件が開始する。2025年3月19日に始まったこの事件は、一年後の今もトルコ最大の政治的・法律的議論の的であり続けている。
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( 翻訳者:山口紗季 )
( 記事ID:61828 )