モロッコ:イスラーム征服がもたらした文学文化の変容
2026年07月14日付 al-Quds al-Arabi 紙


■コラム:モロッコ文学―口承と書記―

【サイード・ユクターン】

モロッコとアンダルスは、ウマイヤ朝の時代にイスラーム勢力によって征服された。その後、アッバース朝が台頭すると、イスラーム西方地域はカリフ政権から独立し、アンダルスにはウマイヤ朝、モロッコにはイドリース朝が成立した。これは、ウマイヤ家および預言者一族が受けた災難の後、「クライシュの鷹」と呼ばれたアブドゥッラフマーンと、マウラー・イドリースがそれぞれ逃れてきたことによる。

イスラーム征服以来、アラブ人がイスラーム西方地域に進出する際、彼らは二つの言語を携えていた。一方には、公文書のやり取りや国家運営、また演説、詩、散文などの文学的創作に用いられる書き言葉としてのアラビア語があった。他方には、それぞれが属する部族に応じて話していたアラビア語の諸方言があり、それらは民衆的・口承的な伝統を伴っていた。

書き言葉としてのアラビア語と、口語としてのアラビア語諸方言は、時代とともに発展していった。そして、それらは現地の人々の言語や方言と共存し、それらを消し去ることはなかった。むしろ時間の経過とともに、アラビア語は他の言語や方言に対して自らの存在を確立していったが、それらの言語や方言もまた、それぞれが用いられていた地域において存続し続けた。

その結果、書き言葉によるアラビア文学と、モロッコおよびアンダルスで発展していったアラビア語諸方言による口承文学が形成されることになった。ただし、ここで重要な点として、モロッコ文学とアンダルス文学の実情には違いがあったことを指摘しておかなければならない。アンダルスの人々があらゆるジャンルや形式において文学創作の技巧を発展させたのに対し、モロッコ文学は、主題の面でも表現美の面でも、アンダルスで達成された水準には及ばなかった。これはアンダルスの環境、歴史、地理、またそこを歴代支配したアラブ人統治者たち、とりわけウマイヤ朝期の統治者たちの性格が、モロッコとは異なっていたためである。

イスラーム勢力によるモロッコの征服は、アンダルスの征服よりも早かった。しかし、両岸の土地や文化の違い、またそれぞれの地に成立した国家の性格の違いが、アンダルスをモロッコとは異なるものとして際立たせることになった。

イスラーム勢力がアンダルスに到達したとき、そこには第一に、人々をまとめる宗教としてのキリスト教があった。第二に、世襲的な政治制度と、王位をめぐって争う貴族たちが支配する既存の国家があった(ゴート王ロデリック)。第三に、ラテン語という共通言語が存在していた。ラテン語は、ゴート語とともに支配階級の言語として広く用いられていた。

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( 翻訳者:宮平清香 )
( 記事ID:62900 )