トルコ文学:本当の人生はいつ始まる?―90年代のトルコを映すビルドゥングスロマン『アトマジャ』刊行
2020年10月08日付 Hurriyet 紙
ヒクメト・ヒュクメンオール氏は『アトマジャ(Atmaca)』へ、その前作となる小説『キョルブルン(Körburun)』を終えた場所から、1995年から始めている。『アトマジャ』のメインキャラクターであるオメルの人生の物語を1995年から現在に至るまで辿りながら、トルコの近年の重要な事件についても私たちの主人公と共に、彼の物語の一部として含めているのだ。中心的に問題にされることと言えば、主人公の精神的な成長だ。
ヒクメト・ヒュクメンオール氏が2016年に出版した『キョルブルン』を1960年で始めつつ1990年代の半ばまで至る、想像上の島を舞台としてトルコの近年に焦点を当てた映画である。私たちの歴史の重要な事件の一つについてのイメージがもたらされながら、小説のメインキャラクターたちの個人的な歴史、その成長も物語られる。ヒュクメンオール氏の新作小説『アトマジャ』は『キョルブルン』が終わりを迎えた場所から、1995年から始まっている。最初の印象では続篇小説であるかのように思われる。はっきりしない繋がりも存在している。しかしながら、あなたは読み始める『アトマジャ』の異なる構造をもった一つの小説であるということ、そしてまた苦悩もまた他のものであるという事を理解するだろう。
『アトマジャ』のメインキャラクターであるオメルの人生の物語を1995年から今日に至るまで俯瞰をしながら、それでいてトルコの近年の重要事件の数々があり、しかしながら今回は私たちの主人公と共に、彼の物語の一部として含まれていて、そしてそれに影響を及ぼすのと同じくらいの重さがあるのだ。本当に問題にされるのは、彼の精神状態の成長である。
ホラティウスの言葉である「怒りは一時の狂気である。だからこの感情をおさえなければ、怒りが諸君をとっておさえることになる」は、ヒクメト・ヒュクメンオール氏の小説『アトマジャ』の鍵となるエピグラフだ。
95年の、オメルの高校生活から始まる小説は、現在の40代に至るまで常にこのテーマとともに進展する。
小説の始まりでオメルは、大学の入学試験までの日を数えているある高校の最終学年の学生だ。大学入試センタ―試験(ÖYS)までには130日間ある。130日間、更に歯を食いしばれば、試験に合格してありとあらゆる不満の源であると考えている家から出来る限り遠く離れた場所にある大学に登録ができるという目論見だ。
いつもイライラしていて、彼に対して偏見を持ち冷たく振舞う父親を彼は全く好いていない。兄弟のオメルには顔を合わせたくもない。母親なしで育ったために保護者となっている叔母がひっきりなしに話しかけてくることが精神を消耗させて、さらに叔母の夫はまるで蚊のようにやかましい存在と思っている。
恐らくは彼にとっては一番、神経に触れない存在であるアイフェルの事は、気に掛けることになるようだ。
「たった130日。半分は眠りに費やされる3120時間」と考える。しかしながらこの短い時間枠で沢山のことが彼の気持ちを捉える。まずはデリヤがいる。オメルのことなどまるで眼中にないかのように振る舞うプラトニックな恋だ。美しくそしてチャーミングだ、そしてなんといっても彼のように読書が好きなデリヤ。しかしながらデリヤが気にしているのはハンサムでお金持ちの子供である。
勿論のこと、かれと同じ嗜好を持っている小さな友人コミュニティがオメルにはある。ジェンキとジェムという名の双子そして、その綽名をムスタファ・サンダルのファンであることからつけられた女友達のムスティだ。1990年代のトルコの今日の政治と社会状況を決定づける数々の重要事件に満ちている。インターネット時代の幕開け、携帯電話が使われ始めるといったテクノロジーの変革が起こる一方で、トルコの初の女性首相が選出されるが数々の疑惑によって知られていた。オメルは、80年代の軍事クーデターの後に育った世代の一人の代表としてこの進展には関心がない。このノンポリの文化が背景にあったとしても丁寧に、政治が生活にどのように影響を及ぼしていたのかもヒクメト・ヒュクメンオール氏は解説している。
オメルの失恋、家族関係で蓄積された怒り、そして大学へ入学するという願いとともに毎日を過ごしながら学校にやって来た新任の文学の先生そして学校の雑誌を準備することが彼の人生に新たな展望をもたらす。この学校の雑誌にデリヤも参加することで恋心を打ち明けることができるという状況を生み出す中、オヌル先生も怒りをコントロールできないことで、どのようにまるで狼男のように変わってしまうのかということを提示している。オメルは、目論んでいたように他の県の大学には入学することが出来なかったものの、学生寮に暮らしながら彼の望む学部で、文学を学び始める。新たな章を構成する時間枠では、オメルの大学生時代、若き学者、そしてまさに非常事態特別政令(KHK)によってその職務を解任された教員となっていることを私たちは見出す。勿論のことその間には奇妙な三角関係となった恋愛関係も存在している。
父親が何故、彼に対して今にも爆発しそうな爆弾のようであるのか、更には兄弟への同情心、そして叔母が母親のように彼のことを守ってくれたということを理解するためにも非常に長い年月を要した。
これらのことを理解することで、また自分の現実を理解することにもなるだろう。この事態の解決に達した時に、各章の間に挿入される月そして月への旅に関しての物語、そしてアネクドートの数々も一挙に意味を持つことになる。考えていた、そして物語られたような人からは全く異なった存在だったのだ、オメルは。
そしてその怒りの理由というのも実際のところ、子供時代に遭遇したある大規模な惨事が変えてしまったものであり、その記憶の奥底に押しとどめられて隠されているのである。
『アトマジャ』は、一つのビルドゥングスロマンであるように始まりながら、ゆっくりと進む一方で、時間を飛び越えながら次第に増していく怒りが、オメルの人生をどのように形作ったのかということを私たちが読み解いていく一つの心理読解のような作品だ。
■『アトマジャ』
ヒクメト・ヒュクメンオール
ジャン出版社, 2020
400頁、45TL
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翻訳者:堀谷加佳留
記事ID:50158