17年前のウスパルタ航空機事故の被告、ついに逮捕

2024年05月16日付 Hurriyet 紙

ウスパルタで2007年11月30日に起きた航空機墜落事故の裁判で、11年8ヶ月の禁錮刑に処された航空会社の共同経営者であるヤウズ・チズメジは、17年後にイスタンブル空港にて偽の身分証保持により逮捕された。

イスタンブルーウスパルタ間を飛行していたアトラスジェットの旅客機は、2007年11月30日、スレイマンデミレル空港への着陸途中にトゥルベテペに墜落した。この事故で、搭乗員7名も含めて計57名が亡くなった。事故の後、ワールドフォーカスエアラインの一部の上級職員と技術職員の10名に関し公訴裁判が起こされた。被告人らは2009年7月28日に初めてウスパルタ重罪裁判所で裁判官の前に現れた。裁判の間に、被告人は20人に増えた。

飛行機を賃借したワールドフォーカスエアラインの共同経営者であるヤウズ・チズメジに関しては、裁判の結果、「過失致死」罪で11年8ヶ月の禁錮刑に処された。

チズメジは事故の日からずっと逃亡していた。17年間逃亡したチズメジは、カズィアンテプ行きに搭乗のため赴いたイスタンブル空港での怪しい行動が警察の目に止まった。チズメジが提示した身分証は写真が差し替えられており、偽の旧タイプの身分証だったことが分かった。拘束されたチズメジは逮捕された。

◾️57名が死亡 事故の原因は何だったのか

事故の後、機体のフライトレコーダーは調査のためドイツへ送られた。トルコに返送されてきた詳細な報告書には、着陸装置が開いた状態で、操縦による過失だったことが明らかになった。フェリドゥン・セレン氏を調査委員会委員長とする、熟練のパイロットや航空機技師などのメンバーからなる6人の専門家チームによって2008年11月にケチボルルの検察官に送られた361ページの報告書には、パイロットの疲労と経験不足に加えて、機体の重要な部分である対地接近警報システムが故障していたことが記されていた。

◾️6人の核物理学者が人生を失った

事故で亡くなった人の中には、「トルコ発展プロジェクト」の4度目のワークショップに参加するための道中にあったプロジェクトメンバーの、ボアジチ大学のエンギン・アルク教授、ドウシュ大学文理学部科学科長のシェネル・ボイダウ教授、イスケンデル・ヒクメト准教授、研究員のムスタファ・フィダン氏、オズゲン・ベルコル・ドアン氏、そして大学院生のエンギン・アバット氏がいた。

亡くなったエンギン・アルク教授は、トルコでCERNと似た形の粒子加速実験室の設立プロジェクトで重要な役割を担っていた。このため、事故がその妨害のためのものだったとする主張も出ている。


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翻訳者:今田杏佳
記事ID:57918